『維新史』 維新史 1 p.30

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號令する策を取つた。家康が斯かる方針を取つた理由は公武の間を截然區別, 知するに難くない。從つて家康が其の後圈外より〓りに朝廷を控制する策に, する爲に、朝廷との關係を極めて稀薄ならしめ、また政權を離れて、一見無力なる, が如くにして、しかも嚴として犯すべからざる朝威の前に、武家が自ら屈して公, け、純然たる武家政治の面目を永く維持しようとするに在つたことは、略〻之を窺, 慶長八年二月徳川家康征夷大將軍に補任せられるや、永く京に駐まること、豐, 源頼朝の例に倣ひ、自ら武家の棟梁を以て任じ、遠く江戸に覇府を開いて天下に, 家の風に化せんことを防ぎ、併せて幕府施政の漸次公武合體に傾かんことを避, 臣秀吉の先蹤の如くするにもあらず、又最高の朝官に任ぜられるを望まないで、, 一幕府の朝廷控制, 出たことも亦當然の歸結であらねばならぬ。但し未だ豐臣氏が大坂城に在り、, 第二節朝幕關係, 徳川家康, の對朝廷, 策, 第一編尊王論の發達, 三〇

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  • 徳川家康
  • の對朝廷

  • 第一編尊王論の發達

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  • 三〇

注記 (17)

  • 900,576,70,2269號令する策を取つた。家康が斯かる方針を取つた理由は公武の間を截然區別
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