『維新史』 維新史 1 p.37

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あらう。元來豐臣氏の關白時代には、武家にして大臣・納言に任ぜられたものは, 任免に容喙するの權を掌握するに至つたのである。第六條に於いて、養子は同, の國守たるに過ぎず、江戸時代を通じて此の制は嚴かに恪守せられたのである。, 數人にも及んだが、家康は之を抑制して、徳川氏親藩でも大納言に止まつて、大臣, 黜陟も、必らず幕府に諮詢せられ、幕府は其の材幹・適否等を考量して奉答し、以て, 府に收めると共に、凡て官位に伴ふ儀式上の煩雜から離〓しようとしたもので, 制すると共に、女子及び女系の家督を禁じたのである, に任ぜられたものはなく、大名及び旗本にして其の要職に在る者も多くは五位, 尊重せられて來た古格先例の因習に拘束せられることなく、其の敍任の權を幕, たることを明示したもので、從つて幕府は武家の任敍に就いては、從來公家間に, かくて曩に家康より「武家者其官位之事、無御吹擧者、一圓に被成下間敷」と奏請し, 第七條に文武の官位を截然區別したのは、武家の官位が凡て公家の官位の外, 姓を以てすべきことを規定したのは、直系親王の攝家等に養はれ給ふことを抑, 臣の進退處分に干渉する端緒を啓いた幕府は、進んで攝關以下朝廷要路の任免, 第一章朝廷第二節朝幕關係, 三七

  • 第一章朝廷第二節朝幕關係

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  • 三七

注記 (16)

  • 790,598,73,2266あらう。元來豐臣氏の關白時代には、武家にして大臣・納言に任ぜられたものは
  • 1590,581,78,2268任免に容喙するの權を掌握するに至つたのである。第六條に於いて、養子は同
  • 460,602,77,2277の國守たるに過ぎず、江戸時代を通じて此の制は嚴かに恪守せられたのである。
  • 678,590,76,2273數人にも及んだが、家康は之を抑制して、徳川氏親藩でも大納言に止まつて、大臣
  • 1704,580,79,2262黜陟も、必らず幕府に諮詢せられ、幕府は其の材幹・適否等を考量して奉答し、以て
  • 898,588,74,2270府に收めると共に、凡て官位に伴ふ儀式上の煩雜から離〓しようとしたもので
  • 1356,587,66,1530制すると共に、女子及び女系の家督を禁じたのである
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