『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 5 訳文編之下 元和3年6月~8年2月 p.475

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等々。, て與えた、等々。, の後も二ないし三回贈物を携えて私を訪問したのである。そこで私は彼に緞子一反を贈物とし, 十七日今朝はなお寒くて霜の降りる天氣であって、西の風が吹いていた。しかし後には風, 見る眼にも極めて立派であるが、しかしほんの二〇ないし三〇年持ちこたえるだけで、そして, できていると考えられるが、しかし表面は内部も外部も金箔を張ってあり、そのため、それは, もその隣りに二軒の家を造ったが、これも他のも, 向きは北微東に變った。しかも上空は終日及びその後の夜間に亘って乾燥した状態であった、, 三四〇○○枚かかっているが、この金一枚は英貨一三ポンド一〇シリングに當る。また彼の二, その料理人はこの親切のほかにも、シュロンゴで私に贈物を屆け、そしてその場へ來、またそ, 注意。我々の見た家は、材木その他總べての他の材料は別として、工賃だけでもオーバン金, 人の弟たち, にさして劣らないものである。またこれら總べての建物は外裝を始め全部が木材で, の家を見に行った。, 我々はそうするようにと前皇帝の料理人から招かれたため、シュロンゴ樣と呼ぶ皇帝の最年, 長の兄弟, の, 昨晩一〇時ごろもうひとつ別の火災が, の近くで起った。, ○實は頼宣の兄が尾張家を開いた義利、の, らの義直で、弟が水戸家の祖頼房である、, ○徳川頼將、のち頼宣は家康の弟、慶長十四年(一六〇九)常陸水戸より府中に, 入封、元和五年(一六一九)紀州に移った。但し最年長の兄でも弟でもない。, コの家。, ○シュロン, 闕く。, ○記載を, 府の料理人, 頼將邸の結, と共に徳川, 頼將邸を視, の比較, 家康附の駿, 察す, 二弟義利及, 地に新邸を, 大判と封度, び頼房も隣, 營む, 構, 家屋は木材, より成る, 一六一八年十一月, 四七五, (123オ), 一六一八年十一月

割注

  • ○實は頼宣の兄が尾張家を開いた義利、の
  • らの義直で、弟が水戸家の祖頼房である、
  • ○徳川頼將、のち頼宣は家康の弟、慶長十四年(一六〇九)常陸水戸より府中に
  • 入封、元和五年(一六一九)紀州に移った。但し最年長の兄でも弟でもない。
  • コの家。
  • ○シュロン
  • 闕く。
  • ○記載を

頭注

  • 府の料理人
  • 頼將邸の結
  • と共に徳川
  • 頼將邸を視
  • の比較
  • 家康附の駿
  • 察す
  • 二弟義利及
  • 地に新邸を
  • 大判と封度
  • び頼房も隣
  • 營む
  • 家屋は木材
  • より成る

  • 一六一八年十一月

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  • 四七五
  • (123オ)
  • 一六一八年十一月

注記 (46)

  • 1492,602,51,127等々。
  • 967,613,54,386て與えた、等々。
  • 1071,610,68,2280の後も二ないし三回贈物を携えて私を訪問したのである。そこで私は彼に緞子一反を贈物とし
  • 1703,658,64,2231十七日今朝はなお寒くて霜の降りる天氣であって、西の風が吹いていた。しかし後には風
  • 342,612,65,2276見る眼にも極めて立派であるが、しかしほんの二〇ないし三〇年持ちこたえるだけで、そして
  • 447,606,63,2289できていると考えられるが、しかし表面は内部も外部も金箔を張ってあり、そのため、それは
  • 664,1705,55,1190もその隣りに二軒の家を造ったが、これも他のも
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  • 759,604,64,2287三四〇○○枚かかっているが、この金一枚は英貨一三ポンド一〇シリングに當る。また彼の二
  • 1177,602,67,2286その料理人はこの親切のほかにも、シュロンゴで私に贈物を屆け、そしてその場へ來、またそ
  • 864,654,64,2238注意。我々の見た家は、材木その他總べての他の材料は別として、工賃だけでもオーバン金
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