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に對し、かかる法則を強要したことは、武家政治が創始されて以來、嘗て見ない所, で、大道寺友山の「岩淵夜話」に「本朝代々の將軍家に於て、前代未聞の御事」と〓せる, た。徳川氏が自ら皇室の外戚となることを望んだのは家康であつて、實に彼の, が如く、寔に空前の越權と稱すべく、後年尊攘の志士より其の不遜を糺彈せられ, 寫し、攝政二條光平及び將軍家綱二人が之に連署して禁裏に納めた。かくて武, 上に際し、本法度の原本が燒失したので、朝廷に於いては其の條項を修正せんと, 遺策が行はれたのである。由來、武家にして皇室の外戚となつたのは平清盛の, 家諸法度は制定後、屡〻修正を見たのに反し、本法度は、幕末に至るまで何等改變せ, 外に其の例がなかつたので、先例古格を尊重せられる朝廷に於いて、素より之を, たのも亦當然と云ふべきである。其の後、後西天皇の寛文元年, の御沙汰があつたが、幕府は之に應ぜず、同四年六月副本に據つて舊本の如く謄, 正月、禁裏炎, 元和六年六月將軍秀忠は、後水尾天皇の女御として其の女和子を入内せしめ, られなかつた。, 悦ばれる筈はなかつた。然るに家康の内意を受けた藤堂高虎は、後陽成天皇の, 萬治四, 年改元, 參照, 章末, の入内, 將軍秀忠, の女和子, 第一編尊王論の發達, 四〇
割注
- 萬治四
- 年改元
- 參照
- 章末
頭注
- の入内
- 將軍秀忠
- の女和子
柱
- 第一編尊王論の發達
ノンブル
- 四〇
注記 (24)
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- 1592,586,59,2257で、大道寺友山の「岩淵夜話」に「本朝代々の將軍家に於て、前代未聞の御事」と〓せる
- 579,597,61,2261た。徳川氏が自ら皇室の外戚となることを望んだのは家康であつて、實に彼の
- 1483,581,59,2275が如く、寔に空前の越權と稱すべく、後年尊攘の志士より其の不遜を糺彈せられ
- 1033,588,59,2271寫し、攝政二條光平及び將軍家綱二人が之に連署して禁裏に納めた。かくて武
- 1254,590,58,2266上に際し、本法度の原本が燒失したので、朝廷に於いては其の條項を修正せんと
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