『維新史』 維新史 1 p.49

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「細川家記」に、, に御讓位の叡慮を仰せ出され, 傳を出羽の由利に、東源を陸奧の津輕に配流した。, とあるが如く、かかる幕府の僭上の所爲に、後水尾天皇は、痛く逆鱗遊ばされ、御年, 之を取消し、綸旨を無效たらしめたのは、朝廷の威信に關する重大な問題である。, た。然るに幕府は敢て御飜意を奏請し奉らず、寛永五年二月、仙洞御所造營監督, 僅かに三3に成らせ給ふ一宮高仁親王, らざるものとして寛永六年七月、澤庵を出羽の上ノ山に、玉室を陸奧の棚倉に、單, 抗して屡〻法度の不合理を辯駁したので、幕府は澤庵等を江戸に召喚し、公儀を憚, 抑紫衣及び上人號は、畏くも綸旨を以て敕許せられるものであるのに、幕府で, 大徳寺・妙心寺之長老なり不屆と、武家より被仰、或は衣をはがれ、又被成御流候, 周旋したが、重宗は大御所, の命と稱して之に應ぜず、終に法度に抵觸した僧侶, へば、口宣一度に七八十枚も破れ申候。主上此上之御耻可有之哉。, の出世を停止するに至つた。多數の僧侶は幕威に畏服して敢て抗爭しなかつ, たが、大徳寺前住澤庵, 及び東源, 及び玉室, ・妙心寺前住單傳, 等は、敢然之に, 寛永三年十, 一月降誕, 寅, 彭, 宗, 忠, 宗, 宗, 土, 印, 秀, 珀, 第一章朝廷第二節朝幕關係, 四九

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  • 寛永三年十
  • 一月降誕

  • 第一章朝廷第二節朝幕關係

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  • 四九

注記 (34)

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  • 501,1988,55,851に御讓位の叡慮を仰せ出され
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  • 501,569,56,1125僅かに三3に成らせ給ふ一宮高仁親王
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  • 1494,572,57,2272抗して屡〻法度の不合理を辯駁したので、幕府は澤庵等を江戸に召喚し、公儀を憚
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