『維新史』 維新史 1 p.363

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

的には節約令を發し、積極的には新貨を鑄造すると共に、外國よりも金銀銅を輸, 暗兩面を以て彩られたのであつた。, て一橋家齊は宗家を繼いで十一代將軍となり、まだ幼齡であつたので、尾・紀・水の, 偶〻天明四年三月、意知は新番組佐野善左衞門, 入し、座を設けて專賣制度を採用し、問屋株を公認して冥加金を徴し、以て財政の, 遂に成功を見ずに終つた。而して他の一面には賄賂を貪り、驕奢に耽つたが爲、, 補〓を圖り、更に進んでは印〓沼・手賀沼を埋立て、新田を開かうとしたが、これは, は直ちに職を罷められ、次いで閉門の上、相良城は破壤されたのであつた。而し, 茲に老中松平定信, 綱紀は紊亂し、士風は頽廢し、天變地異亦相續いて、寶暦・明和・安永の田沼時代は明, 三家が之を後見した。田沼が積惡の弊は一日も改善を忽がせにすべきでなく, せられ、一葉落ちて秋の到るを思はしめた。越えて六年八月家治も薨じて、意次, 松平定信は田安宗武の第二子で、吉宗の孫に當る。安永三年白河藩主松平定, の寛政改革は斷行せられるに至つた。, の爲に江戸城中に於いて殺害, の養子となり、天明三年に襲封したが、爾來一意財政の救濟と藩政の刷新, 邦, 越中, 越中, 政, 守, 守, 言, の老中就, 松平定信, 第二編封建制度の分解, 三六四

割注

  • 越中

頭注

  • の老中就
  • 松平定信

  • 第二編封建制度の分解

ノンブル

  • 三六四

注記 (27)

  • 1705,578,60,2267的には節約令を發し、積極的には新貨を鑄造すると共に、外國よりも金銀銅を輸
  • 1157,579,56,1003暗兩面を以て彩られたのであつた。
  • 701,580,59,2261て一橋家齊は宗家を繼いで十一代將軍となり、まだ幼齡であつたので、尾・紀・水の
  • 1042,645,59,1256偶〻天明四年三月、意知は新番組佐野善左衞門
  • 1595,581,58,2259入し、座を設けて專賣制度を採用し、問屋株を公認して冥加金を徴し、以て財政の
  • 1379,574,57,2280遂に成功を見ずに終つた。而して他の一面には賄賂を貪り、驕奢に耽つたが爲、
  • 1486,579,57,2260補〓を圖り、更に進んでは印〓沼・手賀沼を埋立て、新田を開かうとしたが、これは
  • 818,577,58,2268は直ちに職を罷められ、次いで閉門の上、相良城は破壤されたのであつた。而し
  • 468,578,57,515茲に老中松平定信
  • 1267,576,58,2265綱紀は紊亂し、士風は頽廢し、天變地異亦相續いて、寶暦・明和・安永の田沼時代は明
  • 585,581,57,2270三家が之を後見した。田沼が積惡の弊は一日も改善を忽がせにすべきでなく
  • 936,582,57,2263せられ、一葉落ちて秋の到るを思はしめた。越えて六年八月家治も薨じて、意次
  • 348,647,60,2199松平定信は田安宗武の第二子で、吉宗の孫に當る。安永三年白河藩主松平定
  • 471,1254,55,1065の寛政改革は斷行せられるに至つた。
  • 1044,1995,56,848の爲に江戸城中に於いて殺害
  • 227,787,60,2054の養子となり、天明三年に襲封したが、爾來一意財政の救濟と藩政の刷新
  • 230,579,50,48
  • 258,658,39,79越中
  • 500,1134,40,81越中
  • 1073,1929,39,36
  • 456,1134,37,36
  • 212,658,41,35
  • 1032,1931,37,34
  • 312,332,42,161の老中就
  • 357,327,42,166松平定信
  • 1821,709,49,573第二編封建制度の分解
  • 1829,2352,38,118三六四

類似アイテム