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天保八年, 蘭學者渡邊登, ので詳かにすることを得ないが、發令の當時は所謂天保改革の際で凡べて享保・, 開鎖の利害五十六條の節目を擧げて、堂々立論したものであるが、打拂令に對し, 思はれる。尚十七年の歳月を經過した間に、我が國人の外國に對する智識を高, 寛政の治に復することを標榜した施政方針であれば、斯くは達せられたものと, め、特に支那における歐米諸國の壓迫も充分に意識するを得て、識者の一部には、, て尚研究の餘地の充分あることを思はしめる。其の上阿片戰爭は此の頃進展, 論ずる者ばかりでは無かつた。天保九年撰述の古賀〓庵の「海防臆測」の如きは, 無二念打拂令を以て後害あるものと思惟する者も生ずるに至つた爲であらう。, 南京條約の締結を見るに至つた。此の經過の我が國に傳はつたこと言ふ迄も, 憂深かるべしと痛論し、其の他の識者にあつても、打拂を以て最善の策であると, して、天保十一年, なく、開鎖論の基調にも影響を及ぼしたのである。茲に於いて幕府は次の達を, モリソン號が漂流民送還の爲浦賀に渡來したのを打拂つた後, 六月には英船が舟山島の定海城を陷れ、十三年七月には, 等はモリソン號を英將モリソンと誤信して、後日の, 高野長英, 西暦一八, 四〇年, 西暦一八, 三七年, 旱, 山, 瑞, 華, 第三編鎖國政策の破綻, 四九二
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- 西暦一八
- 四〇年
- 三七年
- 旱
- 山
- 瑞
- 華
柱
- 第三編鎖國政策の破綻
ノンブル
- 四九二
注記 (28)
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- 1047,578,54,390蘭學者渡邊登
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- 1498,582,61,2265思はれる。尚十七年の歳月を經過した間に、我が國人の外國に對する智識を高
- 1610,579,63,2268寛政の治に復することを標榜した施政方針であれば、斯くは達せられたものと
- 1389,579,60,2276め、特に支那における歐米諸國の壓迫も充分に意識するを得て、識者の一部には、
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