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の禮を擧げさせ給ひ、御父君仁孝天皇より, 十一日儲君と爲らせ給ひ、續いて同年九月十八日立親王の宣下があつて統仁と, よつて盆〻英明を加へさせられた。, 御徳を備へさせ給うたのであつて、權中納言柳原隆光は當日の盛儀に參列し、感, 激措く能はずして其の日記に、「幼稚御聊無御惑之氣令舞踏給。御作法拜見不覺, 匪躬の節を致した。而して太子拜覲の儀に際して、親王は泰然自若、夙に帝王の, 稱し給ひ、爾來御深曾木・御紐直・御手習始・御讀書始等の諸儀を終へさせられて、同, 天皇は第百二十代仁孝天皇の御四皇子として、天保二年六月十四日御降誕、御, 忠熙ば傅、權大納言鷹司輔熙は大夫、權中納言久我建通は權大夫を兼ねて皆蹇々, 名を熙宮と申し奉る。御母は正親町實光の女權典侍雅子, 催感〓了」と記してゐる。天資剛邁に渡らせられ、忠熙等側近奉仕者の御輔導に, 十一年三月十四日立太子の儀を擧げさせられた。時に御年十歳。内大臣近衞, 越えて弘化元年三月二十七日、皇太子は、加冠忠熙、理髮建通奉仕の下に御元服, 皇太子統仁、天性聰敏、神姿温柔、行修仁孝、專履明王之道、徳茂元良、愈慕聖代之風、, 同六年六月二, 門院, 新待賢、, 御降誕, 立太子, 第四編開港對策, 二
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- 門院
- 新待賢、
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- 御降誕
- 立太子
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- 第四編開港對策
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- 二
注記 (21)
- 355,589,56,1179の禮を擧げさせ給ひ、御父君仁孝天皇より
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