『維新史』 維新史 2 p.494

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る虞があるとして、老中一同が對談して、辯明するであらうと云つたが、直彌は斯, ニ此度假條約ニ調印致候義ハ御違勅ニ付、今日ハ掃部頭ニ腹切らせ不申なハ, 等の登城を知つた老中は、井伊大老が面接することは反つて事態を紛糾せしむ, よつては將軍家の面前に於いて、此の事を決議しようとの作戰であつた。齊昭, ことを得るのである。此等の人々の計畫は、先づ違勅調印の罪を大老等に責め、, 大老等に面會を求めたが、五時間の久しきに亙つて面會することを得なかつた, のであつた。井伊家の記録に三家の方々登城のさまを記して「御三家方御廊下, 是の日徳川慶恕は先づ水戸邸に徳川齊昭を訪うて、齊昭父子と相共に登城し, くては大老の重職にある者が責任囘避の嫌があり、上の威權にも係るであらう, 度旨御申被成候得は御同列ニも如何ニも左樣相成候方可然旨同音ニ被仰候」(井, 次いで此の重大時局に方り賢者を薦むる趣意を以て、繼嗣問題に論及し、場合に, 總守樣被仰候ハ私共罷出如何樣ニも御なため可申間掃部殿ニハ御逢無之樣致, 退出不致迚、大音ニ御罵り被成、御役方追々聞付御部屋へ御注進被成候。間部下, 伊家公用方祕録)と記してゐるのを見ると、是の時江戸城内の動搖の有樣を知る, の登城, 徳川慶篤, 徳川齊昭, 徳川慶如, 第六編戊午の大獄と其の反動, 四九四

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  • の登城
  • 徳川慶篤
  • 徳川齊昭
  • 徳川慶如

  • 第六編戊午の大獄と其の反動

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  • 四九四

注記 (20)

  • 374,568,60,2274る虞があるとして、老中一同が對談して、辯明するであらうと云つたが、直彌は斯
  • 1400,582,57,2249ニ此度假條約ニ調印致候義ハ御違勅ニ付、今日ハ掃部頭ニ腹切らせ不申なハ
  • 489,561,58,2278等の登城を知つた老中は、井伊大老が面接することは反つて事態を紛糾せしむ
  • 603,566,57,2274よつては將軍家の面前に於いて、此の事を決議しようとの作戰であつた。齊昭
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  • 1512,578,60,2262のであつた。井伊家の記録に三家の方々登城のさまを記して「御三家方御廊下
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