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毛利高泰, 十六、吉左衞門は六十二、幸吉は三十二であつた。, 平生と毫も變ることがなく、介錯役の者に鄭重に挨拶を交し、從容死に就いたの, 自然鬱勃として容貌に現れたので、其の場に立會へる者は戰慄恐怖、終生之を忘, で再拜し、端坐刃を受けたが、判決の誣構なるに對しては忠憤の念抑ふる能はず、, で、檢視の役人は何れも暗涙に噎んだといふ。又寒緑は刑場に臨むや、天を仰い, 變更せられ、民部權大輔は肥後人吉藩主相良頼基, 當つては、幕吏を睥睨するかの如くに冷笑した。時に帶刀は齡四十八、寒緑は三, るるを得なかつたといふ。吉左衞門は刑に臨むや、一死素より惜まざるも、唯憂, に就いた。幸吉は刑死の後、特に小塚原に梟首せられたが、極刑を宣せられるに, 慮に堪へざるは君公の安否如何なりと述べ、齊昭の身の恙なきを聞いて、泰然死, 然るに民部權大輔は獄中に病んで、十一月十九日、享年五十四を以て歿した。又, 猶民部權大輔と伊太夫とは共に遠島に處せられたが、十一月十四日に至つて, に夫々預けられ、終身其の地に禁錮せしめられることとなつた。, 伊太夫は十一月二十三日江戸を發して、翌萬延元年正月十一日佐伯に著き、爾後, に、伊太夫は豐後佐伯藩主, 越前, 安房, 守, 守, 禁錮, 伊太夫の, 輔の病死, 民部權大, 第六編戊午の大獄と其の反動, 六四六
割注
- 越前
- 安房
- 守
頭注
- 禁錮
- 伊太夫の
- 輔の病死
- 民部權大
柱
- 第六編戊午の大獄と其の反動
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- 六四六
注記 (26)
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