『維新史』 維新史 2 p.759

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二和宮御降嫁の奏請, は先づ二月十六・十八・十九の三日に亙り、家臣を橋本邸に派して、宮の御生母觀行, 院の兄なる實麗と御降嫁のことに就いて議せしめ、やがて侍從岩倉具視も亦到, に御入輿遊ばされることに内定してゐたが、やがて八月二日富貴宮は薨去遊ば, 越えて萬延元年幕府は愈〻和宮の御降嫁を奏請し奉るに決し、所司代酒井忠義, は富貴宮を御降嫁あらせらるべき筈なれども、御幼少故、和宮を以て之に換へさ, せ奉るやう奏請することに内定した。時に和宮は御齡十四、來冬には有栖川宮, されたので、自然皇女御降嫁の問題は、一に和宮御一身に關することになつた。, と、將軍の御臺所は御直宮の内を以て定めらるべきか否かに就いて協議し、本來, つて議に參した。實麗は其の日記に所司代の家臣が〓如來訪せしことを記し, ことは明かである。, にも議せられることとなつた。同年五月二十五日、議奏中山忠能は同久我建通, 越えて翌六年に至れば、皇女御降嫁の事は漸く切實なる問題となり、朝臣の間, 所司代家, 降嫁問題, 朝臣と御, 臣の橋本, 家訪問, 第二章和宮御降嫁第一節和宮御降嫁の奏請, 七五九

頭注

  • 所司代家
  • 降嫁問題
  • 朝臣と御
  • 臣の橋本
  • 家訪問

  • 第二章和宮御降嫁第一節和宮御降嫁の奏請

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  • 七五九

注記 (20)

  • 832,971,55,651二和宮御降嫁の奏請
  • 603,564,58,2276は先づ二月十六・十八・十九の三日に亙り、家臣を橋本邸に派して、宮の御生母觀行
  • 487,561,59,2279院の兄なる實麗と御降嫁のことに就いて議せしめ、やがて侍從岩倉具視も亦到
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  • 1294,561,58,2278せ奉るやう奏請することに内定した。時に和宮は御齡十四、來冬には有栖川宮
  • 1062,564,59,2224されたので、自然皇女御降嫁の問題は、一に和宮御一身に關することになつた。
  • 1524,557,59,2278と、將軍の御臺所は御直宮の内を以て定めらるべきか否かに就いて協議し、本來
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