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濟まさせられたのであつた。, に著し給ひ、翌十五日を以て江戸清水邸に入らせられた, 同驛を發し、中山道を經て東下し給ひ、御輿を警衞するもの十二藩、沿道中の警固, め、御迎として上京せる若年寄加納久徴, 十月二十日和宮は桂御所を御發輿遊ばされ、東下の途に上らせられた。權大, 十一月二十一日勅使廣橋光成及び坊城俊克は江戸城に登城して、將軍徳川家, 和宮は參内あつて御暇乞を爲し給ひ、御東下に至るまでの諸儀は是に滯りなく, に當るもの二十九藩の多きに達した。斯くて途中恙なく十一月十四日板橋驛, 旅裝を重ねて御内覽遊ばされたが、宮は同日大津驛に御輿を駐められ、二十二日, 城俊克及び參議野宮定功等も亦列外に隨つた。天皇には畏くも此の日も宮の, 納言中山忠能・權中納言今出川實順・左近衞權中將八條隆聲・同今城定國・左近衞權, 少將千種有文・右近衞權少將岩倉具視・中務權大輔富小路敬直等の公卿・地下官人, 於かせられても、亦内々南門に出御あつて行裝を〓はせられた。次いで十五日, 並びに宰相典侍庭田嗣子・命婦能登等供奉し、京都町奉行關行篤, は隨從し、武家傳奏廣橋光成・同坊, は先驅を勤, 出雲, 遠江守, 一宮藩主, 守, 御發輿, 江戸著御, 第二章和宮御降嫁第三節和宮の御入輿, 七九一
割注
- 出雲
- 遠江守
- 一宮藩主
- 守
頭注
- 御發輿
- 江戸著御
柱
- 第二章和宮御降嫁第三節和宮の御入輿
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- 七九一
注記 (24)
- 1617,558,60,804濟まさせられたのであつた。
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