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として有馬新七・田中謙助・大久保一藏・小松帶刀等と會見して、島津久光の速かに, は大隅の流山に赴いたが、俄に薩藩の招請に接し、九日再び鹿兒島に入つた。時, 上京ありたきこと、久光より久留米藩主有馬慶頼に對し、勤王の義擧に遲れざる, れりとせず、和泉が幽居中なるにも拘らず、〓りに諸藩の志士と往來するは不審, 吏の爲に捕へられた。而して久留米藩は理兵衞父子・郁太郎等の捕縛を以て足, を知つて遂に筑前の黒崎に於いて自刃し、郁太郎も亦長門の秋吉に於いて同藩, したが、帶刀は藩士動搖の兆ありとして依然之を謝絶し、且つ其の退去を促した。, なりとて、捕吏を派して其の動靜を窺はしめたので、和泉は事態の切迫せるを感, を議した後、舟行して薩摩の阿久根に上陸し、二十七日鹿兒島に入つた。爾後主, 和泉は其の苦心の報いられるに由なく、〓惱として三月六日鹿兒島を去り、一度, ・吉武助左衞門, やう督勵ありたきこと、久光の東上に己れ等も亦從駕したきことの三事を懇願, 理兵衞父子は下關に於いて久留米藩吏の追捕する所となり、理兵衞は逃れ難き, めて〓走し、間道より肥後の高瀬に逃れて、松村大成・宮部鼎藏・永鳥三平等と國事, じて、二月十六日四男菊四郎・淵上謙三, 等と白晝捕吏の眼を掠, 義, 信, 利, 祐, 和泉の鹿, 兒島潛行, 第二章薩州藩の進出第一節尊攘浪士の活躍と九州志士の蹶起, 五七
割注
- 義
- 信
- 利
- 祐
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- 和泉の鹿
- 兒島潛行
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- 第二章薩州藩の進出第一節尊攘浪士の活躍と九州志士の蹶起
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- 五七
注記 (24)
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- 1136,552,59,2309めて〓走し、間道より肥後の高瀬に逃れて、松村大成・宮部鼎藏・永鳥三平等と國事
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