『維新史』 維新史 3 p.249

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二年の歳は、尊攘派激徒の傍若無人の跳梁の中に暮れて行つたのである。, つたので、長土二藩士の間には從來の積弊を一掃したいとの熱望が〓まり、遂に, ねてゐた。今や三條・姉小路の兩卿は攘夷督促の勅使として東下することとな, 此の事件を生むに至つたのである。次いで二十日夜には、萬里小路家の家臣小, び公家家臣の戊午大獄關係者の上に向けられたのであつた。これ大獄の反動, を拘致して粟田口に梟し、更に十二月十八日夜には、知恩院宮の家臣深, 西直記が寺町の路上で殺され、越えて十一月十四日夜には、長野主膳の妾村山可, に於いて朝威を笠に賄賂を強請し、又は人夫の上前をはねる等、惡辣な所業を重, めを受けた。志士は之を以て足れりとせず、翌十五日には、可壽江の子多田帶刀, 以上擧げ來れる幾多の例に知られるやうに、天誅の對象は主として幕府側及, は共に人足周旋を業とせる者、從來勅使東下の際は常に隨從して、到る處の宿驛, 壽江も亦長土兩藩の激徒三十名に襲はれて、三條大橋の橋柱に縛され、生晒の辱, 尾式部登をも柳馬場の自宅に於いて殺害するに至つた。斯くて鬼氣迫る文久, 煎餅屋半兵衞の兩名は縛せられたまま生晒の刑に處せられた。壽三郎・半兵衞, 金閣寺候人源, 左衞門の男, 第四章勅使三條實美・姉小路公知の東下第一節京都の情勢, 二四九

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  • 金閣寺候人源
  • 左衞門の男

  • 第四章勅使三條實美・姉小路公知の東下第一節京都の情勢

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  • 二四九

注記 (18)

  • 556,555,67,2123二年の歳は、尊攘派激徒の傍若無人の跳梁の中に暮れて行つたのである。
  • 1397,557,69,2299つたので、長土二藩士の間には從來の積弊を一掃したいとの熱望が〓まり、遂に
  • 1514,544,67,2310ねてゐた。今や三條・姉小路の兩卿は攘夷督促の勅使として東下することとな
  • 1280,550,68,2306此の事件を生むに至つたのである。次いで二十日夜には、萬里小路家の家臣小
  • 310,556,70,2308び公家家臣の戊午大獄關係者の上に向けられたのであつた。これ大獄の反動
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  • 1633,551,72,2308に於いて朝威を笠に賄賂を強請し、又は人夫の上前をはねる等、惡辣な所業を重
  • 922,551,69,2311めを受けた。志士は之を以て足れりとせず、翌十五日には、可壽江の子多田帶刀
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