『維新史』 維新史 3 p.507

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

である。, 證書の文面、軍艦購入周旋等に就いて、種々事務上の打合せを行つた。, 二萬五千磅, 勝靜も内外の強要に屈して、遂に薩藩の要求を容れたのである。, たし、精々探索候へ共、行衞不相知、最早年月も相立、生死之程も難計候へ共、猶又, 佐土原藩主島津忠寛の名を以て、宗家に代つて償金を支拂ふといふ形式に依り、, 英國政府より請求せし銀子を、薩摩別家島津淡路守家來共より相渡候上者、我, 等下件を請合候。抑去秋八月於生麥貴國人を致殺傷候もの共、從其場亡命い, をニールに支拂つた。然る後岩下佐次右衞門・重野厚之, を支拂ひ、且つ犯人處刑を確約する證書を交附する旨を正式に決定し、償金授受、, 丞の兩人より、犯人の逮捕處刑を約せる證書を交附したが、其の全文は次の如く, 約の如く十一月朔日、佐土原藩家老樺山舍人・同用人能勢二郎右衞門の兩人は、, 斯くて十月二十九日、岩下等はニールと第四囘談判を行ひ、十一月朔日に償金, 〓し、十月十九日書を幕府に送り、強硬に違約の科を詰問した。茲に於いて板倉, 精細ニ致搜索、召捕次第貴國官員目前に於て可處死罪者也。爲後證如件。, 百三十三兩一歩, 十萬弗、六萬一, 償金支拂, 第十一編尊攘運動の展開, 五〇八

割注

  • 百三十三兩一歩
  • 十萬弗、六萬一

頭注

  • 償金支拂

  • 第十一編尊攘運動の展開

ノンブル

  • 五〇八

注記 (20)

  • 682,564,50,198である。
  • 1257,559,66,1985證書の文面、軍艦購入周旋等に就いて、種々事務上の打合せを行つた。
  • 909,567,56,319二萬五千磅
  • 1630,571,63,1835勝靜も内外の強要に屈して、遂に薩藩の要求を容れたのである。
  • 314,635,70,2219たし、精々探索候へ共、行衞不相知、最早年月も相立、生死之程も難計候へ共、猶又
  • 1020,563,70,2309佐土原藩主島津忠寛の名を以て、宗家に代つて償金を支拂ふといふ形式に依り、
  • 546,632,71,2229英國政府より請求せし銀子を、薩摩別家島津淡路守家來共より相渡候上者、我
  • 430,631,69,2222等下件を請合候。抑去秋八月於生麥貴國人を致殺傷候もの共、從其場亡命い
  • 899,1248,63,1612をニールに支拂つた。然る後岩下佐次右衞門・重野厚之
  • 1378,568,69,2313を支拂ひ、且つ犯人處刑を確約する證書を交附する旨を正式に決定し、償金授受、
  • 782,561,66,2295丞の兩人より、犯人の逮捕處刑を約せる證書を交附したが、其の全文は次の如く
  • 1139,632,69,2245約の如く十一月朔日、佐土原藩家老樺山舍人・同用人能勢二郎右衞門の兩人は、
  • 1502,632,68,2233斯くて十月二十九日、岩下等はニールと第四囘談判を行ひ、十一月朔日に償金
  • 1750,573,69,2290〓し、十月十九日書を幕府に送り、強硬に違約の科を詰問した。茲に於いて板倉
  • 199,633,66,2102精細ニ致搜索、召捕次第貴國官員目前に於て可處死罪者也。爲後證如件。
  • 894,920,41,296百三十三兩一歩
  • 938,918,42,285十萬弗、六萬一
  • 1521,310,44,169償金支拂
  • 1874,725,47,639第十一編尊攘運動の展開
  • 1866,2380,45,123五〇八

類似アイテム