『維新史』 維新史 3 p.591

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安積五郎, 圖らんや、此の日京都に於いては一大政變が行はれたのである。, 行幸の詔が發せられ、御發輦の日も近い時に、數十人の浪士が過激の事を起すの, に歸し候御祝儀として、今年之御年貢、是迄之半通御免被成候」(官武通紀)との觸書, 本蚕堂・吉村寅太郎の三人と定め、以下側用人・監察・各奉行等諸員の分擔が取極め, は反つて尊攘運動に害があるとて、平野國臣に忠光等の鎭撫を命じた。國臣は, 分、天朝御直之民に候間、神明を敬し君主を重んじ、御國體を可致拜承候。此度本, との罪状を掲示した。又諸員の役割を定め、主將を中山忠光、總裁を藤本鐵石・松, を發した。かくて先づ五條の擧兵に成功して一黨の士氣は大いに擧つたが、豈, 大いに振つた一行は、其の言を容れなかつた。忠光等も事茲に至つては、騎虎の, と共に十七日京都を發し、十八日夜五條に到り、忠光等に、過激な行, 動を爲す事の不可なるを説いたが、既に代官鈴木源内を初陣の血祭として士氣, 勢ひ已むに已まれなかつたのである。國臣は空しく京都に向ひ、安積五郎は止, られた。又近傍の庄屋・村役人を呼び寄せて擧兵の趣旨を告げ、「此後五條支配之, 是より先、三條實美・眞木和泉等は中山忠光等の發向を聞いて頗る憂慮し、大和, 江戸人, 武貞, 鎭撫に來, 平野國臣, る, 第十一編尊攘運動の展開, 五九二

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  • 江戸人
  • 武貞

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  • 鎭撫に來
  • 平野國臣

  • 第十一編尊攘運動の展開

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  • 五九二

注記 (22)

  • 571,553,57,250安積五郎
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