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同浦上信濃, で、深く長州藩に同情し、藩士岡谷〓吾, あらうと説いたが、長州藩士は道理正しき處分ならば、防長二州を沒收せられて, たので、俯仰天地に作ぢる所がない、敢て謝罪する理由はないのであると主張し, 會見して、長州藩が從來の行動に就いて、一先づ謝罪すれば寛典に處せられるで, の策であると説いたが、越後等は從來長州藩は攘夷の叡慮を奉じて行動して來, 鈕吾等は四月七日小郡に於いて長州藩士大和國之介・山田重作・國重徳次郎等と, 廣・家老福原越後側用人毛利登人武・同八木隼雄・當役用談役前田孫右衞門, 辯疏の爲に入京を許されるやう志朝より斡旋ありたしと依頼した。, あり、長州藩家老福原越後の實弟であつて、共に徳山藩主毛利家の出であつたの, 會し、長州藩は此の際須らく悔悟謝罪するのが皇國の爲にも又藩の爲にも最善, も敢て異存は無いが、然らざれば防長の士民は決して承服しないであらうから、, 又筑前藩世子黒田慶贊は京都より歸國の途次、四月二十一日家老黒田山城, 等と, 普賢寺武平・外丸弘等を長州に差遣した。, 等の重臣を從へ、小郡に於いて長州藩世子毛利定, た。, 用人野村東馬, 允, 濟, 祐, 實, 質, 熊, 利, 繁, 増, 正, の説得, 黒田慶贊, 第一章禁門の變第二節池田屋の變, 二一
割注
- 允
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- 正
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- の説得
- 黒田慶贊
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- 第一章禁門の變第二節池田屋の變
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- 二一
注記 (32)
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- 1768,567,60,1061で、深く長州藩に同情し、藩士岡谷〓吾
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