『維新史』 維新史 4 p.36

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することに確定したのである。, 京と時を同じうして京都附近を通過する時は、公武合體派の公家及び在京の幕, 志を幕府に陳情するにも好機であるとなし、同月晦日に家老福原越後に江戸出, 偶〻十四日に至つて京都池田屋の變報が山口に達したので、同日急に家老盆田右, と言はねばならぬ。併し後に述べるが如く、越後は途中江戸出向を中止して伏, 到るべしと豫想したのであらう。更に長州藩では六月四日世子毛利定廣を引, 見に留まり、遂に京都に於いて戰つたが、藩地出發の際より、或は斯かる事態に立, 續き上京せしめることに決し、定廣は六日諸軍を率ゐて繁枝原に操練を行つた。, 府要路に刺戟を與へ、京坂の地に長州藩の勢威を恢復するに與つて力あるもの, 府を命じた。假令福原越後東上の目的が江戸にあつたにしても、國司信濃の上, 衞門介に上京を命じた。茲に於いて今や長州藩では世子及び三家老等が東上, 當時長州藩に滯留してゐた六卿及び其の從士は上京の期の一日も早かれと, 希望してゐたが、未だ其の機が到來しなかつた。殊に其の一人元右馬頭錦小路, が諸砲臺巡視の途次、病を下關に獲て、四月二十五日遂に其の地に卒去し, 頼徳, 翆, 〓, の行動, 五卿從士, 第十三編禁門の變及び第一囘征長の役, 三六

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  • の行動
  • 五卿從士

  • 第十三編禁門の變及び第一囘征長の役

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  • 三六

注記 (21)

  • 555,587,55,877することに確定したのである。
  • 1495,582,63,2283京と時を同じうして京都附近を通過する時は、公武合體派の公家及び在京の幕
  • 1727,578,59,2284志を幕府に陳情するにも好機であるとなし、同月晦日に家老福原越後に江戸出
  • 794,586,64,2282偶〻十四日に至つて京都池田屋の變報が山口に達したので、同日急に家老盆田右
  • 1256,583,61,2281と言はねばならぬ。併し後に述べるが如く、越後は途中江戸出向を中止して伏
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