『維新史』 維新史 4 p.354

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の志願をもつてゐたので、藩廳に請うて聞多と同行することとなつた。次いで, して前に英學修業の爲、箱館に遊んだ藩士山尾庸三・野村彌吉の兩名も、豫て洋行, ディン、マヂソン會社のケルスウイック號に搭じて横濱を出發し、先づ上海に到, つた。上海の景況を一見した時、既に聞多は單純な攘夷の謬見なることを悟り、, に洋行の志を決し、文久三年の初め藩主毛利慶親に請うて其の内諾を得た。而, 聞多は更に同志伊藤俊輔をも説いて同行せしめ、また遠藤謹助も同行すること, したと言ふ。一行は此處にて汽船より風帆船に乘換へ、途中幾多の困難を冒し, となり、一行は遂に五名となつた。, 將來國運の隆盛は開國進取の外、其の途無きを確信し、次いで俊輔も亦之に同意, たが、九月下旬に恙なく倫敦に到著した。一行はマヂソン會社社長の紹介でウ, ヰリアムソン博士の指導を受け、孜々として勉學に勵んだ。然るに翌元治元年, の春に至り、四國艦隊の下關砲撃計畫が倫敦に傳はり、之を知つた聞多・俊輔の兩, 文久三年五月、聞多・俊輔等五名は英國領事ガワーの斡旋に依り、密かにジァー, 名は藩國の危急を救はんとして急遽歸朝するに至つた。, 斯くの如く聞, 第一節參照, 本編第一章, 第十四編外交の轉機, 三五四

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  • 第一節參照
  • 本編第一章

  • 第十四編外交の轉機

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  • 三五四

注記 (19)

  • 1497,592,58,2271の志願をもつてゐたので、藩廳に請うて聞多と同行することとなつた。次いで
  • 1611,590,60,2276して前に英學修業の爲、箱館に遊んだ藩士山尾庸三・野村彌吉の兩名も、豫て洋行
  • 1025,587,58,2279ディン、マヂソン會社のケルスウイック號に搭じて横濱を出發し、先づ上海に到
  • 909,586,57,2294つた。上海の景況を一見した時、既に聞多は單純な攘夷の謬見なることを悟り、
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  • 1381,586,58,2278聞多は更に同志伊藤俊輔をも説いて同行せしめ、また遠藤謹助も同行すること
  • 676,588,59,2275したと言ふ。一行は此處にて汽船より風帆船に乘換へ、途中幾多の困難を冒し
  • 1268,586,55,945となり、一行は遂に五名となつた。
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  • 322,590,60,2275の春に至り、四國艦隊の下關砲撃計畫が倫敦に傳はり、之を知つた聞多・俊輔の兩
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