『維新史』 維新史 4 p.491

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振起した。, れも病の爲出頭し難いであらうと告げたのであつた。, 順に條理を盡して應接し、我より進んで戰端を開かざるやう努むべしとの方針, 戸備後助の起草に係り、七度生れ變つて決死防戰に當り、藩主の冤罪を雪がんと, 協議した末、斯かる苛酷な幕令は斷じて受領すべからず、但し表面は何處迄も温, 得ると共に、交渉遷延の間に盆〻戰備を整へんとしたものであつた。而して三支, の決意の程を披瀝したものであつて、藩士は悉く一本を懷中にして、以て士氣を, 廣島滯在中の六戸備後助は、幕府の長州處分案の内容を探知し、藩廳と對策を, を印刷し、之を藩の内外に頒有し、長州藩の主張を闡明する處があつた。是は宍, を決した。蓋し長州藩はこれにより非を一に幕府側に歸し、以て諸藩の同情を, 藩主以下召致の幕令に對しては、備後助は二月二十七日書を藝州藩に致して、何, を見て、三月二十六日重ねて命を藝州藩に下し、毛利敬親・世子廣封・孫興丸, び三支藩主・吉川經幹並びに家老等は四月十五日を限り廣島に出頭すべき旨を, 小笠原長行は、長州藩の態度が要領を得ず、徒らに時日の遷延を策してゐるの, 及, 後元, 昭, 長州藩主, 召致の幕, 父子孫等, 長州藩の, 交渉方針, 命, 第三章第二囘征長の役第二節小笠原長行の西下と征長軍の出動, 四九一

割注

  • 後元

頭注

  • 長州藩主
  • 召致の幕
  • 父子孫等
  • 長州藩の
  • 交渉方針

  • 第三章第二囘征長の役第二節小笠原長行の西下と征長軍の出動

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  • 四九一

注記 (25)

  • 1542,562,57,265振起した。
  • 728,571,60,1545れも病の爲出頭し難いであらうと告げたのであつた。
  • 1196,563,62,2285順に條理を盡して應接し、我より進んで戰端を開かざるやう努むべしとの方針
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