『維新史』 維新史 4 p.610

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午半刻, と記してゐる。以て朝臣歡喜の状を知ることが出來る。, が造營せられ、宮中より調度器具も移されてゐたので、御著帶の儀を終つて後、慶, 子は宮中より退下し、中山邸の御産殿に入つたのである。斯くて九月二十二日, て、天皇は御名を祐宮と賜つた。祐字訓は佐知。參議五條爲定が勘進し奉れる, 豐・美・建・義・敦・祐・重の七字の嘉字より勅選あらせられたのである。出典は「周易」の, 中納言野宮定祥は祝詞言上の爲中山邸に伺候したることを述べて、, 奴袴參上、亞相面會、既降誕皇子也。至極御機嫌能、局亦無異云々、恐悦無極。東, 著帶の儀が行はせられ、順が再び帶親を奉仕した。此の時中山邸にては御産殿, 尋いで二十九日には御七夜の儀が行はせられた。是の御七夜の吉日に當つ, 宮御在所當家咫尺之間、御初聲下品者奉伺云々。恐悦之處如此。仍直著直衣, この皇子こそ不世出の聖天子と仰ぎ奉る明治天皇におはしますのである。權, 自天祐之吉无不利」の句に出でてゐる。天皇が特に此の御名を賜つたのは、野宮, 坊城面會、相互賀申, に國民が齊しく御待申し上げし皇子は目出度御降誕あらせられた。, 坊城面會、相互賀申。(示羊記), 午後, 時, 御七夜の, 御降誕, 犠, 第十六編王政復古の氣運, 六一〇

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  • 午後

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  • 御七夜の
  • 御降誕

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  • 六一〇

注記 (23)

  • 1395,577,54,180午半刻
  • 695,573,56,1621と記してゐる。以て朝臣歡喜の状を知ることが出來る。
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