『維新史』 維新史 5 p.108

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に難くないのである。, である。會〻慶喜が朝旨遵奉の請書を慶永に託せる十二月二十八日、在府の庄, 薩藩邸を燒討したとの飛報は、端なくも江戸より到來した。是に於いて大坂, 間の形勢は頓に緊張し、山雨將に到らんとして、風樓に滿つるの〓があつたの, 置して戰備を整ふれば、薩長二藩亦鳥羽・伏見の警衞を嚴にして之に備へ、京攝, る故を以て朝旨の寛大ならんことを望み、彼此奔走に努めた苦衷は、想像する, して樂觀を許さざるものがあつた。即ち大坂城中に於ける舊幕臣及び會津・, 桑名二藩の主戰論は、依然として熾烈なるものがあり、諸兵を京坂の要地に配, 城中は忽ち鼎沸の状を呈し、上下擧りて討薩除奸を慶喜に迫つて止まず、遂に, 内藩兵は薩州藩の關東擾亂計畫を默視すること能はずして、止むなく三田の, 慶喜をして飽く迄も朝旨を遵奉せしめようと欲し、一面には又徳川の支族た, を見るに至つたのであつた。而して此の間慶勝・慶永が新政府の議定として、, 併しながら仔細に觀察するに、辭官納地問題は解決したとは云へ、形勢は決, 諸兵は陸續北上して、一發の砲烟は早くも鳥羽・伏見の野に轟き渡り、慶勝・慶永, 第十八編王政復古大號令の渙發, 一〇八

  • 第十八編王政復古大號令の渙發

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  • 一〇八

注記 (16)

  • 1397,535,54,631に難くないのである。
  • 686,530,76,2321である。會〻慶喜が朝旨遵奉の請書を慶永に託せる十二月二十八日、在府の庄
  • 458,518,77,2327薩藩邸を燒討したとの飛報は、端なくも江戸より到來した。是に於いて大坂
  • 804,523,70,2319間の形勢は頓に緊張し、山雨將に到らんとして、風樓に滿つるの〓があつたの
  • 917,527,71,2326置して戰備を整ふれば、薩長二藩亦鳥羽・伏見の警衞を嚴にして之に備へ、京攝
  • 1500,533,68,2317る故を以て朝旨の寛大ならんことを望み、彼此奔走に努めた苦衷は、想像する
  • 1144,530,75,2338して樂觀を許さざるものがあつた。即ち大坂城中に於ける舊幕臣及び會津・
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  • 1842,2382,44,109一〇八

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