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四徳川家處分の決定, 處分に就いて叡慮の程を示させ給うた。即ち、, 家に對して、恩〓を垂れさせ給ふことの篤きは、誠に畏き極であつた。, 閏四月二十四日、關東監察使三條實美は江戸城に登り、東征大總督熾仁親王, と。關東の情勢に宸襟を惱まさせ給ふことの深く、又一旦王師に抗した徳川, と。翌十一日實美は御暇乞の爲に參内して、具視と共に天顏に咫尺し奉つた。, 天皇は畏くも優渥なる宸翰を實美に賜つて、其の勞を犒はせられ、且つ徳川家, 東方未平、人心不定、實ニ不容易形勢ニ付、乍苦勞速ニ下向致シ可加鎭定、尤委, ゐて即日京都を出發し、大坂より海路東航して、二十三日夕刻品川に入港した。, 及び大總督府參謀西郷吉之助・林玖十郎等を隨へ、筑前・阿州二藩兵を率, 禁闕を拜辭するや、三條實美は參與萬里小路通房・軍監江藤新平・小笠原唯八, 任候間、徳川舊勳不相失萬民安堵候樣可計候。, 使之旨御沙汰候事。, 使之旨御沙汰候事。(非藏人日記, 茂敬, 土州藩士, 大總督府, の會議, 第二章江戸開城第四節關東各地の騷擬と徳川家處分, 二三五, (非藏人日記)
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- 茂敬
- 土州藩士
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- 大總督府
- の會議
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- 第二章江戸開城第四節關東各地の騷擬と徳川家處分
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- 二三五
- (非藏人日記)
注記 (21)
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- 707,511,66,2352ゐて即日京都を出發し、大坂より海路東航して、二十三日夕刻品川に入港した。
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