『維新史』 維新史 5 p.294

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いで官軍の砲彈に破壤せられ、彈藥糧食は全く補充の途なく、形勢日に非なる, 有樣であつた。又城下の住民は多く近傍の山野に彷徨して、具さに辛酸を嘗, ず、飽く迄籠城を繼續せんと主張する者も頗る多かつた。併し時恰も官軍の, 續けられ、遂に若松城は殆んど其の外郭全部を奪はれるに至つた。, 官軍を〓撃した。砲聲は殷々として地を搖がし、硝煙は濛々として天を蔽ひ、, 四面楚歌の裡に籠城を續けること既に三旬に垂んとし、若松城は如何に決, めてゐた。加之亂臣賊子の醜名を後世に殘して、官軍に戮滅せられるは、會津, 攻撃は盆〻激烈を極め、城兵は連日惡戰苦鬪を重ねて、死傷者續出し、樓閣は相次, 隨處に劍戟相撃つ壯烈な戰鬪が展開せられた。それより戰は晝夜を分たず, 死の士が之を守ると雖も、今や全く落城の危急に瀕して來た。是に於いて板, 接するや、直ちに將士を會して協議せしめたが、甲論乙駁、議論は容易に決著せ, て一齊に進撃を開始した。城兵も亦砲撃を以て之に應酬し、或は城を出でて, 垣退助は會津藩將士が賊名を蒙つて空しく戮滅せられんことを惜み、米澤藩, をして會津藩に歸順を勸告せしめた。松平容保は米澤藩より歸順の勸告に, 板垣退助, の歸順勸, 告, 第三章東北の戰爭第四節會津藩の歸順と東北諸藩の處分, 二九五

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  • 板垣退助
  • の歸順勸

  • 第三章東北の戰爭第四節會津藩の歸順と東北諸藩の處分

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  • 二九五

注記 (19)

  • 592,545,69,2314いで官軍の砲彈に破壤せられ、彈藥糧食は全く補充の途なく、形勢日に非なる
  • 468,539,73,2326有樣であつた。又城下の住民は多く近傍の山野に彷徨して、具さに辛酸を嘗
  • 818,536,72,2322ず、飽く迄籠城を繼續せんと主張する者も頗る多かつた。併し時恰も官軍の
  • 1497,535,70,1992續けられ、遂に若松城は殆んど其の外郭全部を奪はれるに至つた。
  • 1723,534,71,2333官軍を〓撃した。砲聲は殷々として地を搖がし、硝煙は濛々として天を蔽ひ、
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