『維新史』 維新史 5 p.608

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るの案を樹て、, 戊辰の戰役に際し、錦旗を奉じて遠く東北諸地方に出征し、赫々たる武勳を, 十津川・多田・山科等の郷士を以て編成せる御親兵と浪士とに過ぎず、其の數は, 樹てた者は、何れもこれ勤王諸藩の藩兵であつて、朝廷に直屬せる兵は、僅かに, シ、朝廷親ク是レヲ統御セハ、今海内ノ兵、北地ニ向ヒシヨリ強キハナシ、是ニ, 以下皆至當ノ爵位ヲアタヘ、之ニ兵士ヲ司サトラシメ、兵士ニモ亦班秩アリ, 弘せんが爲には、先づ諸藩の兵を收めて朝廷に屬せしめ、兵權の統一を期する, 極めて尠かつた。王政古に復したとは云へ、兵馬の大權は未だ全く朝廷に歸, テ、各其處ヲ得サシメ、大ニ歐洲各國ノ兵制ヲ折中シ、以テ新ニ我兵制ヲ改革, ことが急務であつた。されば奧羽の兵亂が略〻平定を告げた明治元年十月十, 若カス、此機ニ乘シ、北伐ノ兵ヲシテ、改メテ朝廷ノ常備隊トシ、總督・軍監・參謀, は、北地凱旋の將兵を以て朝廷の常備兵たらしめ, するに至らざりしを知るべきである。從つて朝權を確立し、維新の宏謨を恢, 七日、兵庫縣知事伊藤俊輔, 一大村盆次郎の兵制改革, 文, 博, 直後に於, ける兵制, 玉政復古, の不統一, 第三章學制及び兵制の創始第二節兵制の樹立, 六一一

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  • 直後に於
  • ける兵制
  • 玉政復古
  • の不統一

  • 第三章學制及び兵制の創始第二節兵制の樹立

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  • 六一一

注記 (23)

  • 792,545,59,415るの案を樹て、
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