『保古飛呂比』 保古飛呂比 4 明治2年~同3年 p.400

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然云々、其意深川の意を迎ふるものゝ如し、亦餘程巧點能く深の機嫌を取ると見ゆ、沼審二郎を深, 福富健次も來り居候故歟、顯はには云はず、深又云、天下の模樣實にけぶたく甚だ危しと云、僕云、, ば吾も亦英佛の如く強大となるべし、只此儘にては皇威皇張の時あらじ、最早朝鮮にても討て可, 其上確乎として動かす氣〓は見ゆるなり、深〓りに巧點と云て止まず、其意岩・大久保は除くに有、, たかは内地の兄弟爭は不好ことではある云々、いかさま西洋英佛等各國のさまを見るに、事をなせ, 或は早く御退出、或は御遲參等也、深云、大久保如何、僕云、日々本官へ不關係故に深くは不知候, 中にも必ず事を生ぜん、此時に當り征討出師の命あり、長土奉命すれば薩は必ず奉命せじ、陰に賊, 川ほむるもおびたゞし、云、非常の人也、討薩藩論等はかへつて沼に陰につかはれる形ともにては, 端開けば、たとへ或は暫時外夷の支配を受くるとも、夫より皇政御運びになるべし、側より福健云、, 諸藩に論あるか浪士輩か、深云、舊幕下の崩れ等向後事あらば勉強前過を贖ふにあり、奧羽諸藩の, を助くるの論を發する、山口藩今夏事ある日の如くならん、嗚呼天下の事所詮戮力協和を難澁薩の, 中を取り、一と度説を立る、其他を見ず我説を主張云々、僕云、巧點は不知、成る程衆説を聞き、, 奸によると、又はしを改めて云、前の所謂けぶたく云々の意を以て云、最早内地どしでも一と度兵, 得共、先巧點の點は見へず、深く、大久巧點也、一事議論ありても敢て先へ論を發せず、衆論を聞其, なきか、是は僕の邪推なり、深咄しに、沼の論に皇國近頃の御改革、君臣を廢して郡縣知事となる、, 卷二十八明治三年(七月), 四〇〇

  • 卷二十八明治三年(七月)

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  • 四〇〇

注記 (17)

  • 459,482,72,2379然云々、其意深川の意を迎ふるものゝ如し、亦餘程巧點能く深の機嫌を取ると見ゆ、沼審二郎を深
  • 1341,489,74,2372福富健次も來り居候故歟、顯はには云はず、深又云、天下の模樣實にけぶたく甚だ危しと云、僕云、
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