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所では、平戸の領主の貴人がひとり、四頭の乘用馬と同月四日にオウダウラから先發させた通, 山の上に來た。四マイル。, 人々はそれらを再び建て直すのに, イル。, では凡そ八箇月程以前に、皇帝の城, 總べてが地震に依って壞滅していた(, が完全に倒壞した。人家もほとんど, 病氣であり、そのため向う一五日間にどの領主も〓見を賜わることはない、と聞いた, の町に來た。同地, 忙しかった。平戸の領主に我々の來著を知らせるため、この地から通詞レモン, イル。, 同月三日雨天。そのため正午まで滯留せねばならなかった。そして、夕刻ファコナ根, に來た。一二マ, 同月四日金曜日。朝、日の出前に再び旅立ち、正午ごろオウダウラ〓, 同月五日朝再び旋立って正午にファツィスウワ, 同月二日水曜日。朝再び旅立ち、正午にユフィワラ, に來た。八マイル進んだ。, に、夕刻ミシマ, 同月六日朝力ヌウガ。ウを出發し、正午に江戸から凡そ二マイルのシナンガウ〕5〓に来た。, 戸に向け先發させた。夕刻、オイア廿, 夕刻、〓エゼリ〓に來た。一一マイルの旅であった。, に來た。九マ, 戸に向け先發させた。夕刻、オイアサ大に來た。八マイル進んだ。, に、夕刻コヌウガウ, の九月二十八日であった。, ○n伊〓iemonを江, 江戸附近に地震があった。, ○小田, により月次, り、幕領ではなかった。, ○寛永九年十二月三十日、〓, ○時に城主は稻葉正勝であ, 拜禮停止を命じたのは二日前。, ○家光が病, ○吉, 原、, 原, に同じ、, 島, ○神奈, 〇三, ノァコナ, (fackona), ○n伊〓iemonを江, の九月二十八日であった。, 十日、, (konnougauw, ○藤, 川。, 中なり, 地震のため, 倒壞し再建, 戸へ先行廿, 小田原城は, 松浦氏家臣, 通詞貞方利, 品川に於て, 右衞門を江, 神奈川, に迎へらる, しむ, り月次拜禮, 藤澤, 家光病によ, 大磯, を停む, 箱根, 江尻, 一六三三年十一月, 三三
割注
- 江戸附近に地震があった。
- ○小田
- により月次
- り、幕領ではなかった。
- ○寛永九年十二月三十日、〓
- ○時に城主は稻葉正勝であ
- 拜禮停止を命じたのは二日前。
- ○家光が病
- ○吉
- 原、
- 原
- に同じ、
- 島
- ○神奈
- 〇三
- ノァコナ
- (fackona)
- ○n伊〓iemonを江
- の九月二十八日であった。
- 十日、
- (konnougauw
- ○藤
- 川。
頭注
- 中なり
- 地震のため
- 倒壞し再建
- 戸へ先行廿
- 小田原城は
- 松浦氏家臣
- 通詞貞方利
- 品川に於て
- 右衞門を江
- 神奈川
- に迎へらる
- しむ
- り月次拜禮
- 藤澤
- 家光病によ
- 大磯
- を停む
- 箱根
- 江尻
柱
- 一六三三年十一月
ノンブル
- 三三
注記 (70)
- 291,568,67,2279所では、平戸の領主の貴人がひとり、四頭の乘用馬と同月四日にオウダウラから先發させた通
- 1234,566,56,609山の上に來た。四マイル。
- 932,2002,56,838人々はそれらを再び建て直すのに
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- 1023,571,67,873では凡そ八箇月程以前に、皇帝の城
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- 1032,1967,57,874が完全に倒壞した。人家もほとんど
- 1759,557,77,2082病氣であり、そのため向う一五日間にどの領主も〓見を賜わることはない、と聞いた
- 1142,2437,54,406の町に來た。同地
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- 607,622,65,1184同月五日朝再び旋立って正午にファツィスウワ
- 1548,619,71,1314同月二日水曜日。朝再び旅立ち、正午にユフィワラ
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