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く乘り氣であること、及び彼等の兵力を我々のもとに加えることを明かにした。神が、この戰, ンス閣下のところにやって來て、彼等は、長官閣下と共にシナに對して戰爭を始めることに全, 出帆する二日ないし三日前に、五隻のジヤンク船と同じ海賊たちの代表者數人とが長官プトマ, イン號の祖國からの到著が毎日待たれていること、シナの海岸では、前記のプトマンス氏によ, ーメン氏〓, り、同國に對する戰爭が懸命に進められており、彼は去る七月二十七日に前下級商務員ザール, は去る七月三十日にバタフィアを出、ついで九月三日にはシナの海岸で長官プトマンス閣下の, が海賊のアウフスティンとヤングラウのもとに派遣されると、アウデワーテル號がその海岸を, イフェル二ペニングの資産をもたらした。我々はまた總督ヘンリック・ブルウワー閣下及び長, 中には先月二十六日、スヒップ船アウデワーテル號のコウチー到著のことを報じている。同船, ハト船フェーンハイゼン號と共に〔バタフィアに〕到著したこと、またヤハト船イーゼルステ, の贈物にあてるペルシャ馬一頭と騾馬一頭とその附屬用具から成る四〇一九五グルデン三スト, 〓船隊から別れて、これらは、赤色の大羅紗、胡椒、丁子、象牙等、ならびに日本の皇帝陛下へ, 評議員の資格で、スヒップ船ニュウ・アムステルダム號、スヒップ船アウデワーテル號及びヤ, 官プトマンス閣下からの手紙をそれぞれ受取った。上記の手紙から、アントニーファン・ディ, が首席東インド, 一六三三年十一月, 年生れ。一六三六年よりバタフィア總督となり一六四五年の死に至るまで在任する。, ○アントニオ・ファン・ディーメンantonio van diemen安當仁と書く。一五九三が〓, ("t jacht veenhuijsen), 官プトマンス閣下からの手紙をそれぞれ受取った。上記の手紙から、アントニーファン・ディ, indien)(nieuw amsterdam), 長官プトマ, ンス海賊と, 官の書翰に, 總督及びタ, 状況を知る, 共にシナと, タイオワン, イオワン長, より彼地の, 詮議員ファ, バタフィア, メン著任す, 戰はんとす, ン・ディー, よりアウデ, ンテン平戸, ワーテル號, 來著を報ず, その積荷, 六三割注
- 年生れ。一六三六年よりバタフィア總督となり一六四五年の死に至るまで在任する。
- ○アントニオ・ファン・ディーメンantonio van diemen安當仁と書く。一五九三が〓
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- 官プトマンス閣下からの手紙をそれぞれ受取った。上記の手紙から、アントニーファン・ディ
- indien)(nieuw amsterdam)
頭注
- 長官プトマ
- ンス海賊と
- 官の書翰に
- 總督及びタ
- 状況を知る
- 共にシナと
- タイオワン
- イオワン長
- より彼地の
- 詮議員ファ
- バタフィア
- メン著任す
- 戰はんとす
- ン・ディー
- よりアウデ
- ンテン平戸
- ワーテル號
- 來著を報ず
- その積荷
ノンブル
- 六三
注記 (42)
- 314,575,65,2274く乘り氣であること、及び彼等の兵力を我々のもとに加えることを明かにした。神が、この戰
- 420,578,64,2269ンス閣下のところにやって來て、彼等は、長官閣下と共にシナに對して戰爭を始めることに全
- 523,567,66,2271出帆する二日ないし三日前に、五隻のジヤンク船と同じ海賊たちの代表者數人とが長官プトマ
- 840,566,61,2277イン號の祖國からの到著が毎日待たれていること、シナの海岸では、前記のプトマンス氏によ
- 1160,568,78,227ーメン氏〓
- 737,570,61,2265り、同國に對する戰爭が懸命に進められており、彼は去る七月二十七日に前下級商務員ザール
- 1682,565,62,2274は去る七月三十日にバタフィアを出、ついで九月三日にはシナの海岸で長官プトマンス閣下の
- 630,570,64,2279が海賊のアウフスティンとヤングラウのもとに派遣されると、アウデワーテル號がその海岸を
- 1365,562,66,2286イフェル二ペニングの資産をもたらした。我々はまた總督ヘンリック・ブルウワー閣下及び長
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- 1472,552,61,2291の贈物にあてるペルシャ馬一頭と騾馬一頭とその附屬用具から成る四〇一九五グルデン三スト
- 1557,486,84,2346〓船隊から別れて、これらは、赤色の大羅紗、胡椒、丁子、象牙等、ならびに日本の皇帝陛下へ
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