『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 2 訳1上1633年08月-1634年04月 p.74

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十一月十五日に平戸を出帆したことを知った。, な有樣に變った。陛下が意識を回復すると、人々は事態について嚴しく糾明し、そしてそれに, た藥を投與した。そのため彼は危篤状態になり、彼の脈摶は絶え、全身はまったく死體のよう, 通じて追放の身とされた、との由。, 同月一日ミアコの宿主からの手紙によって、スヒップ船ワーペン・ファン・デルフト號が, がこれを許そうとしなかった。しかしその結果(彼女は彼, 赦そうという氣持になったが、しかし陛下が實の母同樣に愛慕し尊敬している彼の乳母〓, ついては眞摯に説明が行われたので、〔陛下は〕醫師に過失を(これをひとつの不運と考えて), 同月二日、三日、四日、五日、六日、七日、九日、十日、及び十一日江戸にある領主たち, とができなかったのちに)ついに、上記の醫師は、彼の收入と給與を沒收され、その一生涯を, た。今月二十日, は皆、各自陛下に贈物をしたが、しかし親しく彼自身の前に出頭することはなかった。しかも, に死刑を求めたが、そうするこ, と、亡き皇帝, の領主の息子, 一六三三年十二月一, 始めて陛下の病状が進み始めたとき、彼の醫師たちのひとりが誤っ, の弟ミトノシオナゴン樣, それはカンガ, 一六三三年十二月の『脉千〓小制に及ま, ○前田利常嫡子, ○寛永十年九, ○寛永十年十一月朔日に始ま, 月十九日。, ○常陸水, 、同年十二月六日に及ぶ。, 〓徳川中, 筑前守光利, ○醫, 師, ○春日, 秀忠。, 局。, ○徳川, 侍醫に極刑, 投藥を過る, 春日局家光, を求む, 諸大名前田, 家光侍醫某, デルフト號, せず, の出帆を報, 京都の宿士, 光利と家光, 侍醫改易の, 養女龜姫の, 噂, ず, 婚約を賀す, も未だ外出, 七二, 一六三三年十二月

割注

  • ○前田利常嫡子
  • ○寛永十年九
  • ○寛永十年十一月朔日に始ま
  • 月十九日。
  • ○常陸水
  • 、同年十二月六日に及ぶ。
  • 〓徳川中
  • 筑前守光利
  • ○醫
  • ○春日
  • 秀忠。
  • 局。
  • ○徳川

頭注

  • 侍醫に極刑
  • 投藥を過る
  • 春日局家光
  • を求む
  • 諸大名前田
  • 家光侍醫某
  • デルフト號
  • せず
  • の出帆を報
  • 京都の宿士
  • 光利と家光
  • 侍醫改易の
  • 養女龜姫の
  • 婚約を賀す
  • も未だ外出

ノンブル

  • 七二
  • 一六三三年十二月

注記 (53)

  • 618,574,57,1105十一月十五日に平戸を出帆したことを知った。
  • 1564,581,65,2270な有樣に變った。陛下が意識を回復すると、人々は事態について嚴しく糾明し、そしてそれに
  • 1669,583,64,2267た藥を投與した。そのため彼は危篤状態になり、彼の脈摶は絶え、全身はまったく死體のよう
  • 1042,576,57,829通じて追放の身とされた、との由。
  • 715,619,64,2241同月一日ミアコの宿主からの手紙によって、スヒップ船ワーペン・ファン・デルフト號が
  • 1246,583,68,1412がこれを許そうとしなかった。しかしその結果(彼女は彼
  • 1348,578,69,2209赦そうという氣持になったが、しかし陛下が實の母同樣に愛慕し尊敬している彼の乳母〓
  • 1455,586,66,2268ついては眞摯に説明が行われたので、〔陛下は〕醫師に過失を(これをひとつの不運と考えて)
  • 504,625,66,2232同月二日、三日、四日、五日、六日、七日、九日、十日、及び十一日江戸にある領主たち
  • 1138,583,68,2274とができなかったのちに)ついに、上記の醫師は、彼の收入と給與を沒收され、その一生涯を
  • 1785,581,54,386た。今月二十日
  • 403,586,61,2272は皆、各自陛下に贈物をしたが、しかし親しく彼自身の前に出頭することはなかった。しかも
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  • 1774,1224,56,1618始めて陛下の病状が進み始めたとき、彼の醫師たちのひとりが誤っ
  • 286,2094,72,601の弟ミトノシオナゴン樣
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