『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 2 訳1上1633年08月-1634年04月 p.237

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が、そのために銅は著しく役立ち得る筈である。, させ、また、クイナムに向けて送られてくる資本を前記のスヒップ船もしくはヤハト船に積み, だけ契約さるべきである。銅の量は、そうすることによって、要求された量を我々に送致する, 日本のゼーネすなわち銅錢は、貴下等が日本に到著次第速かに、クイナムで要求されている, なわち、一隻のスヒップ船もしくはヤハト船に十一月十五日より末日に至るまで滯泊し續け, ことが妨げられない限りにおいて、フランソワ・カロンが知らせて來ている範圍内でなくては, とに鑑みて、我々は、利盆の上るような貨物を輸出するよう、常に努力しなくてはならない, 替えてそれを同じ〔スヒップ船または〕ヤハト船に乘って同地クイナムに行って取引するよう, を浪費せずにその航海をさらに續けることができるため、互いに別れること、と。, ならない。當地ではクイナムにおけるよりも少くとも一セントは高く賣れるに違いないからで, 特に委任された、ひとりの商務員を乘せておくこと。その船はデルフト號と組んでシャンペロの, さらに、我々の日本での取引の管理については、ニコラース・クーケバッケルが、日本に到, ある。しかし、通用銀, まで帆走し、そしてそこから先は上記のデルフト號が時間, 著した旨を、書面によって平戸の執政官から江戸にいる彼等の主人マツラ・ティヒエモカミ, をソーマ銀に交換するために、人々は二二一パーセントを失うこ, 嶋, ○尖筆羅、フェイフォ近くの嶋で、現在, はkuo lao cha劬勞社島と呼ぶ(, ○スホイ, ト銀い, 換するより, するが有利, スホイト銀, 論見による, カロンの目, 廣南への銅, は松浦隆信, 金門嶋エラ, じて別船を, の輸出量は, 新任商館長, スムス灣に, は銅を輸出, の積荷を〓, に著任を報, べし, を輸出し交, 滯泊せしめ, 取り尖筆羅, なり, デルフト號, トマンに命, 嶋迄同船を, 護送せしむ, じ併せて新, 一六三三年五月, 二三六

割注

  • ○尖筆羅、フェイフォ近くの嶋で、現在
  • はkuo lao cha劬勞社島と呼ぶ(
  • ○スホイ
  • ト銀い

頭注

  • 換するより
  • するが有利
  • スホイト銀
  • 論見による
  • カロンの目
  • 廣南への銅
  • は松浦隆信
  • 金門嶋エラ
  • じて別船を
  • の輸出量は
  • 新任商館長
  • スムス灣に
  • は銅を輸出
  • の積荷を〓
  • に著任を報
  • べし
  • を輸出し交
  • 滯泊せしめ
  • 取り尖筆羅
  • なり
  • デルフト號
  • トマンに命
  • 嶋迄同船を
  • 護送せしむ
  • じ併せて新

  • 一六三三年五月

ノンブル

  • 二三六

注記 (48)

  • 524,581,56,1153が、そのために銅は著しく役立ち得る筈である。
  • 1684,577,58,2281させ、また、クイナムに向けて送られてくる資本を前記のスヒップ船もしくはヤハト船に積み
  • 1051,576,58,2277だけ契約さるべきである。銅の量は、そうすることによって、要求された量を我々に送致する
  • 1157,628,56,2223日本のゼーネすなわち銅錢は、貴下等が日本に到著次第速かに、クイナムで要求されている
  • 1788,581,58,2274なわち、一隻のスヒップ船もしくはヤハト船に十一月十五日より末日に至るまで滯泊し續け
  • 947,580,55,2272ことが妨げられない限りにおいて、フランソワ・カロンが知らせて來ている範圍内でなくては
  • 630,582,55,2263とに鑑みて、我々は、利盆の上るような貨物を輸出するよう、常に努力しなくてはならない
  • 1578,576,58,2285替えてそれを同じ〔スヒップ船または〕ヤハト船に乘って同地クイナムに行って取引するよう
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  • 841,574,56,2272ならない。當地ではクイナムにおけるよりも少くとも一セントは高く賣れるに違いないからで
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  • 420,635,56,2219さらに、我々の日本での取引の管理については、ニコラース・クーケバッケルが、日本に到
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