『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 5 訳2上1636年01月-1637年01月 p.63

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す。何故我々がスペイン人及びポルトガル人と敵になったか、その理由を我々は殿下等に手, 短かに説明する所存です。スペイン・ポルトガル兩國が戴く國王は、先ずその使節を我々の, して我々は反論し、かつ事實はそうではなく、前記の人々はただ我々の生絲が長崎のそれよ, 國に送って、貴下等オランダ人は朕が隣人であるから、朕れは貴下等に朕が友情を贈ること, を申出たのだ、と言い、かつ我々が今後良き信頼すべき友人として生活できるようにと要望, し、その申出を我々は健全かつ正當であると考えました。けれども我々は、この友情という, になりますが、その覺書を殿下等がこの手紙とともに檢査するよう恭々しくお願い申上げま, か營まれなかったと長崎の執政官は發表していますが、それは正しくありません。それに對, て渡したのであって、そのことは生絲を受取った總數一二七人の人名の覺書によって明らか, りも品物が良いか惡いかを檢査しかつ評價するためにだけ、我々によって求められて呼ばれ, たのであり、しかも我々の責任を問うている人々は、我々と取引したことのない人々であ, これをたった二〇人にだけでなく一二〇人以上の人々に、長崎で定められた値段で賣りそし, る、と申上げます。昨年我々により日本にもたらされた生絲は一二〇〇ピコル以上に達し、, 本年我々の商品すべてが二〇人の商人により買取られ、我々の商取引は二〇人の商人とし, 衣服のもとで、時がたてばたつ程ますます多くのカトリック宣教師が彼等の國から我々の國, とオランダ, ポルトガル, スペイン・, との關係, 本商人の數, 取引せる日, 一六三六年四月, 六二

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  • とオランダ
  • ポルトガル
  • スペイン・
  • との關係
  • 本商人の數
  • 取引せる日

  • 一六三六年四月

ノンブル

  • 六二

注記 (23)

  • 818,634,56,2224す。何故我々がスペイン人及びポルトガル人と敵になったか、その理由を我々は殿下等に手
  • 713,631,55,2220短かに説明する所存です。スペイン・ポルトガル兩國が戴く國王は、先ずその使節を我々の
  • 1557,640,56,2217して我々は反論し、かつ事實はそうではなく、前記の人々はただ我々の生絲が長崎のそれよ
  • 607,634,56,2223國に送って、貴下等オランダ人は朕が隣人であるから、朕れは貴下等に朕が友情を贈ること
  • 504,640,53,2222を申出たのだ、と言い、かつ我々が今後良き信頼すべき友人として生活できるようにと要望
  • 398,636,55,2220し、その申出を我々は健全かつ正當であると考えました。けれども我々は、この友情という
  • 923,638,56,2219になりますが、その覺書を殿下等がこの手紙とともに檢査するよう恭々しくお願い申上げま
  • 1661,640,58,2221か營まれなかったと長崎の執政官は發表していますが、それは正しくありません。それに對
  • 1029,641,56,2214て渡したのであって、そのことは生絲を受取った總數一二七人の人名の覺書によって明らか
  • 1452,641,54,2216りも品物が良いか惡いかを檢査しかつ評價するためにだけ、我々によって求められて呼ばれ
  • 1347,641,54,2211たのであり、しかも我々の責任を問うている人々は、我々と取引したことのない人々であ
  • 1134,644,57,2213これをたった二〇人にだけでなく一二〇人以上の人々に、長崎で定められた値段で賣りそし
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  • 1766,689,58,2164本年我々の商品すべてが二〇人の商人により買取られ、我々の商取引は二〇人の商人とし
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