『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 5 訳2上1636年01月-1637年01月 p.122

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た。彼等は到著するとすぐこの大きな牢獄に置かれたとの由であるが、二人のポルトガル人の, フィート、幅は二四〇フィートある構築物で、周圍にはぎっしりと結びつけられた垣根をもち、, ために、これ程多くの兵隊がその番をするよう命ぜられ使役されているのである。この處置は, その垣根の中には、二列の家屋と中央に一本の通路があり、さらに陸からこの嶋に行くための, ガリオット船群の到著まで續く。, 夕刻、總べての用事を濟ませたのち、我々は長崎を去った。, にあり、南側は石と土とでできて水中より浮き立っており、長さは一スタートすなわち六〇○, うたのち、我々は、ポルトガル人の宿舍、すなわち牢獄を訪ねに行ったが、それは長崎の灣内, 時、もう一囘は彼等が再び乘船する時、そこを通る水門とを有しているが、彼等の足をさらに, 一つの橋と、ポルトガル人が一航海に二囘、すなわち一囘は彼等のガリオット船から上陸する, 同月三十一日朝平戸に到著した。, 附きで嚴しく見守られていて、彼等の宿主との外何人とも連絡をとることができないとも聞い, この場所より外へ踏み出すことは許されない。前記の住居は晝も夜も、多數の番船と番人のい, る家々から見守られている。ポルトガル人に關しては、彼等が陛下のもとで表敬の機會を得て, 〓のち去る五月に江戸からやって來たとも、我々は聞いた。また我々は、彼等が一軒の家に番人, 使節抑留の, ポルトガル, を具に見る, 状態, カロン出嶋, 平戸に著く, 長崎を去る, 一六三六年七月, 一二一

頭注

  • 使節抑留の
  • ポルトガル
  • を具に見る
  • 状態
  • カロン出嶋
  • 平戸に著く
  • 長崎を去る

  • 一六三六年七月

ノンブル

  • 一二一

注記 (24)

  • 748,602,60,2272た。彼等は到著するとすぐこの大きな牢獄に置かれたとの由であるが、二人のポルトガル人の
  • 1591,601,62,2272フィート、幅は二四〇フィートある構築物で、周圍にはぎっしりと結びつけられた垣根をもち、
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  • 1485,598,61,2276その垣根の中には、二列の家屋と中央に一本の通路があり、さらに陸からこの嶋に行くための
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