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れることは、明らかである。, きたので、それがさらに進めば、尊敬すべき會社のため、彼によって何かよいことが期待さ, も拘らず、一向に得られなかった。そしてなお數日は引留められるかも知れないことを知っ, が彼に再び引繼がれるのである。そのサンゴイエモン殿は常に我々にとって好意を示し續けて, 日に到れば、陛下は前記の朝鮮人の宴會や歡迎の際餘興として使用される筈である。そうする, いないので、彼等は朝鮮人の到著の日より早くは偶然にも使用されることはあるまいが、その, ため、この閣僚の執政官サンゴイエモン殿が彼の父の代りに上記の息子のための臨時の教育係, た。このところ三人の喇叺手は陛下のもとで吹奏していないし、彼等も彼から何も聞かされて, として相談にあずかることになる。それは息子自身が成長するまでのことで、やがて同じ職務, によって事態が好轉されることを希望する。この死が上の方の二、三の大官たちの許で起った, 寄せる友人であったから、尊敬すべき會社にとって非常に不幸である。我々は彼の殘した息子, ことは閣僚たちの眼に我が國民に對する大きな敬意の感情を起させる筈である。その莊大さ, 同月十六日朝、平戸の領主の邸へ赴いた。しかし出發の許可は、これをしきりに願ったに, が亡くなったとの知らせが著いた。大變氣立てのよい、しかも我が國民に好意を, 同月十五日本日、亡くなった閣僚ウータ殿, の息子で若い閣僚のアウワ殿一, 頭忠世。, 三年十一月十七日, 〓。寛永十, ○阿波守忠, 逝去、歳三十八。, ○酒井雅樂, 喇叺手は朝, 酒井忠清の, 養育係とな, 鮮使節の慰, 三五右衞門, 安に供せら, 松浦邸を訪, るべし, ふ, 去, 酒井忠行死, る, 一六三七年一月〔一六三六年十二月〕, 一九八
割注
- 頭忠世。
- 三年十一月十七日
- 〓。寛永十
- ○阿波守忠
- 逝去、歳三十八。
- ○酒井雅樂
頭注
- 喇叺手は朝
- 酒井忠清の
- 養育係とな
- 鮮使節の慰
- 三五右衞門
- 安に供せら
- 松浦邸を訪
- るべし
- ふ
- 去
- 酒井忠行死
- る
柱
- 一六三七年一月〔一六三六年十二月〕
ノンブル
- 一九八
注記 (36)
- 955,569,50,664れることは、明らかである。
- 1048,571,65,2279きたので、それがさらに進めば、尊敬すべき會社のため、彼によって何かよいことが期待さ
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- 417,565,58,2282日に到れば、陛下は前記の朝鮮人の宴會や歡迎の際餘興として使用される筈である。そうする
- 522,575,57,2269いないので、彼等は朝鮮人の到著の日より早くは偶然にも使用されることはあるまいが、その
- 1362,566,63,2288ため、この閣僚の執政官サンゴイエモン殿が彼の父の代りに上記の息子のための臨時の教育係
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- 1256,571,64,2286として相談にあずかることになる。それは息子自身が成長するまでのことで、やがて同じ職務
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- 1571,561,68,2295寄せる友人であったから、尊敬すべき會社にとって非常に不幸である。我々は彼の殘した息子
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