『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 6 訳2下1637年02月-1638年01月 p.28

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一六三七年八月, 助けになる友を失ったことになる。, 雨の多い惡い天氣の日もあった。, たのち)第五月第二十四日、すなわちオランダ暦では今月十六日に死去したとの知らせがあっ, 江戸から當地の執政官に宛てて、平戸の領主閣下は(かなり長い間重い病状にあって臥してい, に、自分の死後は指揮者たちも貴族も誰も上の方へ來ないでよいと特に望み、かつ欲していた, 同月一日通詞レモンが執政官ダイジェン殿の家に呼び出されて、プレシデントに對して、, たことを知って、悲しみと痛惜の念を禁じ得なかった。このことにより會社はひとりの誠實で, 同月三十日、三十一日風と天氣は前日と同じであった。, 同月二十六日、二十七日、二十八日風は北の方から吹き、變り易い天氣であった。本日、, 同月二十九日天氣と風は前日に同じ。執政官ダイカック殿が(平戸の領主は彼の死ぬ前, 同月二十日、二十一日天氣と風は前日と同じであった。, 同月二十二日、二十三日、二十四日、二十五日天氣も風も變り易かったが、天氣の日も、, ノ江戸に向け出發したが、このことは多數の人々を驚かせた。, にも拘らず)クーバイ, 一六三七年八月, 〇小, ○寛永十四年六月十一日よ, り同年七月十二日に及ぶ。, 會社の誠實, なる友, 松浦隆信死, 江戸に向ふ, 松浦大學助, 去, 人熊澤大膳, 松浦氏奉行, 一六三七年八月, 二七

割注

  • ○寛永十四年六月十一日よ
  • り同年七月十二日に及ぶ。

頭注

  • 會社の誠實
  • なる友
  • 松浦隆信死
  • 江戸に向ふ
  • 松浦大學助
  • 人熊澤大膳
  • 松浦氏奉行

  • 一六三七年八月

ノンブル

  • 二七

注記 (29)

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  • 1063,601,53,824助けになる友を失ったことになる。
  • 1589,600,55,775雨の多い惡い天氣の日もあった。
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