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ないからである。, 海に近く横たわっているので、それ自體が海に向かって屹立し波が岸を洗っている。人々はこ, った。かなりの風が北西から吹いた。針路は南東微東、水深は二二一尋、岸より三マイル外に、, の季節には、知ることができる筈である。何故なら、かなりの靄で、緯度もほとんど計測でき, である。我々が以前にポッシンの北側に來た時の事情を話してあるので、それで、人々はほぼ, で擴がり、陸地に高く連なっている。人々がその河を通過する時、再び高地を見るが、非常に, このことを計算に入れて、どれ程近くに來たか、どこにいるかを、とくに二月、三月及び五月, 人々は大きな灣口を見出すのである。正午過ぎ、風は船尾から吹いて、ほぼ針路に沿って帆走, 微西に伸びており、人々は前面に高い砂丘を見るが、それは、ポッシンから前記の國王の河ま, の地ではほとんど砂濱や小溪谷も見ない。人々がトロンの南の岬を通過する際、いつも砂濱が, 同月十八日朝、フロル嶋が我々から北西微西及び北北西約六マイルのところにあるのを知, 夕刻、初夜直の四時間目、靜穩となり、一八尋のところに滯留した。同じ當直の終りごろ、西, 東北東から吹き、その風を得て帆走した。針路は南東微東、少し南東に向かう潮流もあった。, 再び始まり、シャンペロの前面からプロ・カントン, シ〓北西の風を得て錨をあげた。ポッシンからクィナムの陛下の河まで、針路は南東微東及び北西, の方に擴がっているの, 一六三七年八月〔一六三七年七月〓, 外羅山のこと。, ○正しくはpulo catar, トロン嶋, プロ・カン, トン, の砂丘, 廣南との間, 一七三
割注
- 外羅山のこと。
- ○正しくはpulo catar
頭注
- トロン嶋
- プロ・カン
- トン
- の砂丘
- 廣南との間
ノンブル
- 一七三
注記 (25)
- 631,591,53,394ないからである。
- 1258,592,63,2266海に近く横たわっているので、それ自體が海に向かって屹立し波が岸を洗っている。人々はこ
- 418,598,62,2234った。かなりの風が北西から吹いた。針路は南東微東、水深は二二一尋、岸より三マイル外に、
- 734,596,61,2267の季節には、知ることができる筈である。何故なら、かなりの靄で、緯度もほとんど計測でき
- 944,595,61,2265である。我々が以前にポッシンの北側に來た時の事情を話してあるので、それで、人々はほぼ
- 1363,593,63,2268で擴がり、陸地に高く連なっている。人々がその河を通過する時、再び高地を見るが、非常に
- 840,593,60,2274このことを計算に入れて、どれ程近くに來たか、どこにいるかを、とくに二月、三月及び五月
- 314,586,63,2273人々は大きな灣口を見出すのである。正午過ぎ、風は船尾から吹いて、ほぼ針路に沿って帆走
- 1468,538,62,2323微西に伸びており、人々は前面に高い砂丘を見るが、それは、ポッシンから前記の國王の河ま
- 1153,600,65,2265の地ではほとんど砂濱や小溪谷も見ない。人々がトロンの南の岬を通過する際、いつも砂濱が
- 522,646,60,2220同月十八日朝、フロル嶋が我々から北西微西及び北北西約六マイルのところにあるのを知
- 1679,574,61,2283夕刻、初夜直の四時間目、靜穩となり、一八尋のところに滯留した。同じ當直の終りごろ、西
- 1782,583,64,2245東北東から吹き、その風を得て帆走した。針路は南東微東、少し南東に向かう潮流もあった。
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- 1555,391,98,2467シ〓北西の風を得て錨をあげた。ポッシンからクィナムの陛下の河まで、針路は南東微東及び北西
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