『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 8 訳3上1637年08月-1638年06月 p.131

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り、この戰鬪を凝視し、もし何らかの動きがあった場合にはそれに對して抵抗し、かつかかる, 動きを抹殺するよう努め、そうでない場合には、既に述べたように、アリマの領主が征服され, かの地へ引出される筈であり、それ故準備された小舟は必要でない、と。我々に報ぜられかつ確, 就き、アリマの領主に幾分なりとも助力を與えたり、彼の敵方に幾分なりとも敵對行動をとる, と否とを問わず彼等自身の兵力で、無法な蜂起した農民たちやキリスト教徒たちを壞滅させか, かに傳えられたところでは、皇帝陛下は以下の如く命令したとの由である。すなわち、アリマ, してプレシデント閣下に、次のように傳えさせた。平戸の軍勢ではなく他の近隣にある軍勢が, は、何ら他の領主たちの助力ないし援助なしに、その充分である, ことなく、しかも叛亂軍がリュジオイスとツィキンゴの軍勢に何事かを企てる動きのない限, とクラツの兩領主, 壞滅される時まで靜觀し、その時に至って始めて、一人殘らず〔叛逆軍を〕塵しにせよとの彼, の代理人の〔出迎えの〕ために出向いていたのである。上記の執政官は通詞たちのひとりを介, つ完全に鎭壓すべきであり、しかも以下の方法で行うべきである。すなわち、アリマの領主は彼, イス, という皇帝陛下, との兩領主が一六〇〇○の兵士で戰列に, の軍隊を率いて先陣を固めて戰鬪を開始し、彼の後方と兩脇には有馬地方に隣接するリ。ユジオ, 及びフィネノ・オリべ殿, とツィキンゴ, 明、豐後府内城主, ○松倉勝家と, ○日根野織部正吉, 寺澤堅高, 又は柳河立花飛騨守宗茂(, ○筑後久留米有馬玄蕃頭豐氏, ("t sickingo ), 清、日付, (lessengaij sjousodonne), ○龍造寺。鍋嶋, ○石谷十藏貞, 信濃守勝茂, とツィキンゴ, 一六三八年一月, 〓エゼガ〓ュウゾ殿, ぜらる, 澤堅高は自, 力鎭壓を命, 松倉勝家寺, 援軍の配置, すべし, 寺澤の敗北, は戰を靜觀, を見ざる内, 援軍は松倉, に西下す, 集せられず, 鍋嶋勝茂, 立花宗茂, 平戸勢は召, 馬の戰況を, 石谷貞清日, 根野正吉共, 熊澤正之有, 報ず, 有馬豊氏, 一六三八年一月, 一三〇

割注

  • 明、豐後府内城主
  • ○松倉勝家と
  • ○日根野織部正吉
  • 寺澤堅高
  • 又は柳河立花飛騨守宗茂(
  • ○筑後久留米有馬玄蕃頭豐氏
  • ("t sickingo )
  • 清、日付
  • (lessengaij sjousodonne)
  • ○龍造寺。鍋嶋
  • ○石谷十藏貞
  • 信濃守勝茂
  • とツィキンゴ
  • 一六三八年一月
  • 〓エゼガ〓ュウゾ殿

頭注

  • ぜらる
  • 澤堅高は自
  • 力鎭壓を命
  • 松倉勝家寺
  • 援軍の配置
  • すべし
  • 寺澤の敗北
  • は戰を靜觀
  • を見ざる内
  • 援軍は松倉
  • に西下す
  • 集せられず
  • 鍋嶋勝茂
  • 立花宗茂
  • 平戸勢は召
  • 馬の戰況を
  • 石谷貞清日
  • 根野正吉共
  • 熊澤正之有
  • 報ず
  • 有馬豊氏

  • 一六三八年一月

ノンブル

  • 一三〇

注記 (57)

  • 517,601,73,2273り、この戰鬪を凝視し、もし何らかの動きがあった場合にはそれに對して抵抗し、かつかかる
  • 411,590,75,2287動きを抹殺するよう努め、そうでない場合には、既に述べたように、アリマの領主が征服され
  • 1460,609,75,2275かの地へ引出される筈であり、それ故準備された小舟は必要でない、と。我々に報ぜられかつ確
  • 727,596,73,2283就き、アリマの領主に幾分なりとも助力を與えたり、彼の敵方に幾分なりとも敵對行動をとる
  • 1147,607,71,2267と否とを問わず彼等自身の兵力で、無法な蜂起した農民たちやキリスト教徒たちを壞滅させか
  • 1360,606,71,2263かに傳えられたところでは、皇帝陛下は以下の如く命令したとの由である。すなわち、アリマ
  • 1565,609,75,2271してプレシデント閣下に、次のように傳えさせた。平戸の軍勢ではなく他の近隣にある軍勢が
  • 1255,1311,65,1564は、何ら他の領主たちの助力ないし援助なしに、その充分である
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  • 308,599,73,2284壞滅される時まで靜觀し、その時に至って始めて、一人殘らず〔叛逆軍を〕塵しにせよとの彼
  • 1670,612,76,2269の代理人の〔出迎えの〕ために出向いていたのである。上記の執政官は通詞たちのひとりを介
  • 1041,591,73,2299つ完全に鎭壓すべきであり、しかも以下の方法で行うべきである。すなわち、アリマの領主は彼
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