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た。夜間、我々は五四ないし五五尋の水深と黒い砂地を測定した。, も安全な砂地の海底を見出した。我々は、緯度二八度五〇分、北東、次いで北東微東に三七マ, 取り、ほぼ北方に前進した。夕刻近く、南からの風が強くなったため、同樣に大檣大帆を卷き, た。, 檣中帆を卷き收めた。我々は、水深五四、五五尋のところに、細かい灰色の、船を碇泊させて, 風があり、陰〓な空工模樣であった。進路を北東微東にとり、北緯二七度六一分を見出し、前記, 收めて、後檣で進んだ。夜間、東南東〔の風〕は止み、我々はなお前記〔と同じ程度〕の水深, 度二五度三一分、北東、ついで北東微東に三一マイル帆走したものと推測した。午後、我々は、, 同月二十二日南東からの強風が吹き、霧雨の降る陰〓な天氣であった。そのため我々は大, イル半帆走したことを推測した。正午過ぎ四時間目に我々は、東南東からの強い嵐を得たた, の進路を三七マイル半帆走したものと推測した。鉛を投じて五三尋の深さの固い海底を測定し, 同月二十一日風向は大抵は南東、次いで南南東となり、強い、上檣帆を擧げるに相應しい, と海底のところに滯留した。, 南微西にイリャ・フォルモサの北端を見つつ帆走し、そして、夜間は北東微東の進路を保たせ, め、大檣大帆をふたつとも收め、その後間もなく前檣帆も卷き收め、主帆だけで北東に進路を, 前進す, 嵐を衝いて, 一六三八年八月〔一六三八年八月〕, 一四八
頭注
- 前進す
- 嵐を衝いて
柱
- 一六三八年八月〔一六三八年八月〕
ノンブル
- 一四八
注記 (19)
- 1161,641,57,1593た。夜間、我々は五四ないし五五尋の水深と黒い砂地を測定した。
- 846,633,59,2276も安全な砂地の海底を見出した。我々は、緯度二八度五〇分、北東、次いで北東微東に三七マ
- 532,634,60,2286取り、ほぼ北方に前進した。夕刻近く、南からの風が強くなったため、同樣に大檣大帆を卷き
- 1587,640,49,67た。
- 951,629,59,2287檣中帆を卷き收めた。我々は、水深五四、五五尋のところに、細かい灰色の、船を碇泊させて
- 1366,638,61,2289風があり、陰〓な空工模樣であった。進路を北東微東にとり、北緯二七度六一分を見出し、前記
- 426,635,62,2285收めて、後檣で進んだ。夜間、東南東〔の風〕は止み、我々はなお前記〔と同じ程度〕の水深
- 1785,631,61,2284度二五度三一分、北東、ついで北東微東に三一マイル帆走したものと推測した。午後、我々は、
- 1055,690,59,2232同月二十二日南東からの強風が吹き、霧雨の降る陰〓な天氣であった。そのため我々は大
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- 1263,638,59,2281の進路を三七マイル半帆走したものと推測した。鉛を投じて五三尋の深さの固い海底を測定し
- 1474,689,57,2223同月二十一日風向は大抵は南東、次いで南南東となり、強い、上檣帆を擧げるに相應しい
- 329,637,52,667と海底のところに滯留した。
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- 636,629,62,2293め、大檣大帆をふたつとも收め、その後間もなく前檣帆も卷き收め、主帆だけで北東に進路を
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