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る。すなわち次の通りである。, られている由である。, 毎年宮廷に參府するのではなく、暫くの間、引續いて長崎に滯在せねばならぬ由。龍造寺の領, は、いまなお、宮廷での彼等の住居に蟄居させ, の宮廷から長崎にいる上記の執政官, 同月十日雨、南の風。プレシデント・クーケバッケル閣下は總督閣下, ちを祝福するためである。この同じ使者より、上の方, に別れの辭を述べ、閣下の旅立, として派遣されるであろうとの由。今回の知事達は、前任者のように, の手紙一通を手渡された。その譯文を以下に〓入す, れたことを知った。すなわち、日本の第二の月、つまり來る三月に、二人の知事, が再び同地, に來る筈であり、宮廷では、皇帝陛下○將軍徳と閣僚達によって既に人選を了えている由。ま, には特に以下のような事が書き記され、報告さ, 法, カピテン・ニコラス・クーケバッケルが御地へ出發するに當り、この手紙を記す。, た、知事三郎左衞門船, 回は首席執政官, として同地を統治していたが)今, は(數年間、次席執政官, ィーメンantonio, van diemen〓, 、前の執政官飛騨殿, に宛てた手紙が來て、その中で、閣下〓, に宛てた手紙が來て、その中で、閣下〓〓藏には特に以下のような事が書き記され、報告さ, (heer van lusoijs'jo), ○オランダ東インド總督, アントニオ・ファン・デ, ○前長崎奉行榊, ○平藏, 原飛騨守職直。, ご勝重い, )長崎奉, 行筆頭, 殿。, ○江, ○鍋嶋信濃, 在り、一六三九年六月、特使として派遣され、東京・臺灣を視察、同年末、司, >馬場三郎左, 令官として歸國船隊を率いてバタフィアを發し、翌年六月本國に歸著する, 奉行, 戸, )松浦肥前, ○長崎, (capiteiin nicolaes couckebacker) (naer costij), の前途を祝, 衞門利重。, 守鎭信。, gewesen regent findadonne), (d' heer van firando, カピテン・ニコラス・クーケバッケルが御地へ出發するに當り、この手紙を記す。, と、前の執政官飛騨殿, 頭奉行たる, 馬場利重筆, 日程を報ず, べし, の任命と其, 書を致し新, 任長崎奉行, 松浦鎭信書, 幕府茂房に, 鍋嶋勝重榊, ーケバッケ, 松浦鎭信ク, ケバッケル, ルに總督宛, 福せしむ, 原職直蟄居, 書翰を託す, 状, の前途を祝, 四, 一六三九年二月
割注
- ○オランダ東インド總督
- アントニオ・ファン・デ
- ○前長崎奉行榊
- ○平藏
- 原飛騨守職直。
- ご勝重い
- )長崎奉
- 行筆頭
- 殿。
- ○江
- ○鍋嶋信濃
- 在り、一六三九年六月、特使として派遣され、東京・臺灣を視察、同年末、司
- >馬場三郎左
- 令官として歸國船隊を率いてバタフィアを發し、翌年六月本國に歸著する
- 奉行
- 戸
- )松浦肥前
- ○長崎
- (capiteiin nicolaes couckebacker) (naer costij)
- の前途を祝
- 衞門利重。
- 守鎭信。
- gewesen regent findadonne)
- (d' heer van firando
- カピテン・ニコラス・クーケバッケルが御地へ出發するに當り、この手紙を記す。
- と、前の執政官飛騨殿
頭注
- 頭奉行たる
- 馬場利重筆
- 日程を報ず
- べし
- の任命と其
- 書を致し新
- 任長崎奉行
- 松浦鎭信書
- 幕府茂房に
- 鍋嶋勝重榊
- ーケバッケ
- 松浦鎭信ク
- ケバッケル
- ルに總督宛
- 福せしむ
- 原職直蟄居
- 書翰を託す
- 状
- の前途を祝
ノンブル
- 四
- 一六三九年二月
注記 (73)
- 551,599,53,712る。すなわち次の通りである。
- 867,600,52,497られている由である。
- 1076,588,55,2290毎年宮廷に參府するのではなく、暫くの間、引續いて長崎に滯在せねばならぬ由。龍造寺の領
- 973,1742,54,1126は、いまなお、宮廷での彼等の住居に蟄居させ
- 1702,2001,54,870の宮廷から長崎にいる上記の執政官
- 760,653,59,1743同月十日雨、南の風。プレシデント・クーケバッケル閣下は總督閣下
- 1699,595,59,1311ちを祝福するためである。この同じ使者より、上の方
- 1807,2127,53,747に別れの辭を述べ、閣下の旅立
- 1180,1147,53,1720として派遣されるであろうとの由。今回の知事達は、前任者のように
- 656,1634,56,1242の手紙一通を手渡された。その譯文を以下に〓入す
- 1490,593,57,1889れたことを知った。すなわち、日本の第二の月、つまり來る三月に、二人の知事
- 1494,2615,52,258が再び同地
- 1386,597,59,2271に來る筈であり、宮廷では、皇帝陛下○將軍徳と閣僚達によって既に人選を了えている由。ま
- 1599,1775,54,1096には特に以下のような事が書き記され、報告さ
- 968,597,67,66法
- 351,591,56,2089カピテン・ニコラス・クーケバッケルが御地へ出發するに當り、この手紙を記す。
- 1286,595,52,530た、知事三郎左衞門船
- 1168,595,72,389回は首席執政官
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- 970,922,53,483、前の執政官飛騨殿
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- 1594,718,69,2163に宛てた手紙が來て、その中で、閣下〓〓藏には特に以下のような事が書き記され、報告さ
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