『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 11 訳4上1639年02月-1639年閏11月 p.5

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分に諒解され、最高政府にもそれを披露しました。, に榮譽を與え、位を進めて彼の後繼者としたことは、私も結構なことであると考えています。, このカピテンは、當地滯在中、何らの過失を犯すことなく、能くその職務を履行し、めでた, 當地では、萬事以前と變りはなく、私自身も息災なので安心して頂きたい。, く〔當地を〕出發する。商務員力ロンもまた變りなく勤めることでしょう。そのため、私は, は、充, カピテン・クーケバッケルからの解任の願いには充分の理由を認め、貴下が商務員力ロン, て受取った。私は貴下がこれらの品を送るために執られた骨折に感謝の意を表します。, また、貴下より私に祝儀として贈られた金羅紗一反、更紗百反竝びに馬一頭を感謝の念を以, 罸が計畫された場合には)奉仕したいという貴下の申し出, これまでと同樣、彼に私の助力と忠告を與えるつもりです。, の息災を知り、嬉しく思うとともに、私の手紙に對する貴下の返答を充分諒解しました。, の歸著に際して、貴下, 皇帝陛下の封臣達とともに(キリスト教禁令に違反しようとするマニラの人々に對する誅, 商務員フランソワ・カロン, オワ〓長官、商務總監等の職を歴任した。のち讒に依りその任を解かれ、一六五一年會社を辭す。一六六四年聘せら, 一月四日より一六四一年二月十日まで平戸商館長を勤める。同職を辭して後、東インド評議會參事に冽せしれ久〓, ○ニコラス・クーケバッケルの日, 記一六三九年九月五日條參看。, ット方面に活躍する。一六七三年歸國の途次リスボン港外に歿す。この日記の著者, れてフランスに歸化し、同國東インド會社支配人に就任、主としてマダガスカルスラ, 平戸に來り、賄方手傳を勤め、その後累進して上級商務員となり、一六三九年, 一月四日より一六四一年二月十日まで平戸商館長を勤める。同職を辭して後、東インド評議會參事に冽せしれ久〓, ○上級商務員、平戸商館長。一六〇〇年頃ブリユツセルに生る。一六二〇年頃, オワ〓長官、商務總監等の職を歴任した。のち讒に依りその任を解かれ、一六五一年會社を辭す。一六六四年聘せら, 皇帝陛下の封臣達とともに、(キリスト教禁令に違反しようとするマニラの人々に對する誅, (de vassalen van de keijserlijcke majt)(christenscheghebodt),manilha), を受領す, 總督の進物, 替を諒承す, 商館長の交, 圖を幕閣に, 征討協力意, 披露す, 總督の呂宋, 更紗, 戸に歸航す, 金羅紗, 馬, ・カロン平, フランソワ, 一六三九年二月, (coopman franchois caron), 五

割注

  • ○ニコラス・クーケバッケルの日
  • 記一六三九年九月五日條參看。
  • ット方面に活躍する。一六七三年歸國の途次リスボン港外に歿す。この日記の著者
  • れてフランスに歸化し、同國東インド會社支配人に就任、主としてマダガスカルスラ
  • 平戸に來り、賄方手傳を勤め、その後累進して上級商務員となり、一六三九年
  • 一月四日より一六四一年二月十日まで平戸商館長を勤める。同職を辭して後、東インド評議會參事に冽せしれ久〓
  • ○上級商務員、平戸商館長。一六〇〇年頃ブリユツセルに生る。一六二〇年頃
  • オワ〓長官、商務總監等の職を歴任した。のち讒に依りその任を解かれ、一六五一年會社を辭す。一六六四年聘せら
  • 皇帝陛下の封臣達とともに、(キリスト教禁令に違反しようとするマニラの人々に對する誅
  • (de vassalen van de keijserlijcke majt)(christenscheghebodt),manilha)

頭注

  • を受領す
  • 總督の進物
  • 替を諒承す
  • 商館長の交
  • 圖を幕閣に
  • 征討協力意
  • 披露す
  • 總督の呂宋
  • 更紗
  • 戸に歸航す
  • 金羅紗
  • ・カロン平
  • フランソワ

  • 一六三九年二月
  • (coopman franchois caron)

ノンブル

注記 (44)

  • 279,660,63,1206分に諒解され、最高政府にもそれを披露しました。
  • 904,650,74,2217に榮譽を與え、位を進めて彼の後繼者としたことは、私も結構なことであると考えています。
  • 803,653,68,2221このカピテンは、當地滯在中、何らの過失を犯すことなく、能くその職務を履行し、めでた
  • 1114,694,68,1815當地では、萬事以前と變りはなく、私自身も息災なので安心して頂きたい。
  • 695,650,73,2222く〔當地を〕出發する。商務員力ロンもまた變りなく勤めることでしょう。そのため、私は
  • 405,2722,50,155は、充
  • 1014,707,66,2156カピテン・クーケバッケルからの解任の願いには充分の理由を認め、貴下が商務員力ロン
  • 1220,644,69,2083て受取った。私は貴下がこれらの品を送るために執られた骨折に感謝の意を表します。
  • 1326,643,69,2222また、貴下より私に祝儀として贈られた金羅紗一反、更紗百反竝びに馬一頭を感謝の念を以
  • 383,657,71,1415罸が計畫された場合には)奉仕したいという貴下の申し出
  • 593,657,63,1424これまでと同樣、彼に私の助力と忠告を與えるつもりです。
  • 1427,643,71,2188の息災を知り、嬉しく思うとともに、私の手紙に對する貴下の返答を充分諒解しました。
  • 1544,2346,54,519の歸著に際して、貴下
  • 490,709,73,2172皇帝陛下の封臣達とともに(キリスト教禁令に違反しようとするマニラの人々に對する誅
  • 1727,691,70,653商務員フランソワ・カロン
  • 1616,643,57,2213オワ〓長官、商務總監等の職を歴任した。のち讒に依りその任を解かれ、一六五一年會社を辭す。一六六四年聘せら
  • 1662,656,57,2198一月四日より一六四一年二月十日まで平戸商館長を勤める。同職を辭して後、東インド評議會參事に冽せしれ久〓
  • 427,2076,44,639○ニコラス・クーケバッケルの日
  • 380,2079,47,568記一六三九年九月五日條參看。
  • 1510,644,56,1611ット方面に活躍する。一六七三年歸國の途次リスボン港外に歿す。この日記の著者
  • 1554,638,54,1702れてフランスに歸化し、同國東インド會社支配人に就任、主としてマダガスカルスラ
  • 1719,1345,54,1517平戸に來り、賄方手傳を勤め、その後累進して上級商務員となり、一六三九年
  • 1662,651,56,2203一月四日より一六四一年二月十日まで平戸商館長を勤める。同職を辭して後、東インド評議會參事に冽せしれ久〓
  • 1759,1325,60,1522○上級商務員、平戸商館長。一六〇〇年頃ブリユツセルに生る。一六二〇年頃
  • 1615,643,57,2212オワ〓長官、商務總監等の職を歴任した。のち讒に依りその任を解かれ、一六五一年會社を辭す。一六六四年聘せら
  • 489,712,71,2167皇帝陛下の封臣達とともに、(キリスト教禁令に違反しようとするマニラの人々に對する誅
  • 539,717,50,1768(de vassalen van de keijserlijcke majt)(christenscheghebodt),manilha)
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  • 1160,319,41,85更紗
  • 1662,314,41,209戸に歸航す
  • 1225,320,42,125金羅紗
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  • 1707,327,40,196・カロン平
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