『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 11 訳4上1639年02月-1639年閏11月 p.170

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を辛抱強く待った他は)何も特別のことは起らなかった。, 殿が現われた。彼は到著に際して數發の禮砲を以って迎えられ、そして、そこで朝食をとるため, 奪されたシナ・ジャンク船の殺害者等は一, に出された要望書に基づき、バタフィアに送致され、そしてオランダ人達の手に陷ることを彼, 平戸の或る商人の家に赴いた。この時、プレシデント閣下の要望に對して、食事が濟んだら商館, 同月十日南の風、天氣は前記に同じ、朝八時頃、當地平戸の灣に、上記の閣僚、使節備中, ダ號を視察して大變滿足であった。この船, と船を見に來ることを約束した。これは、正午にそのように行われ、そして商館と優秀船ブレ, 同月八及び九日快晴、〓ね北東寄りの風が強く吹く。(閣僚備中殿が長崎から到著するの, と、彼等は直ぐさま、二隻のプラウ船で下の方へ向かった。それは、總督閣下から〔國王〕陛下, 等は懼れたからである。それ故、彼等は逃げることが彼等にとって最上と判斷したのである。, に乘り、再び潮流に乘って走ったのち、帆走す, ラ・ティメダから、一隻のジャンク船でマニラへ出發することを許可する證明書を得た。する, 漸く船の出帆, されていた。これは老國王にその返濟を承知させた, する日に火葬に附された。しかも、殿下, 〓十四日には、若い國王が死去しい, には會社に對して約千七百テールの負債が殘, 老女王ナンプ, nampra thimeda), ○當時在位の國王ポニヤ・ノンpona nonの死は一六四ヽ, ○この文節「老國王はこれを返濟す。, ることを仄めかした」とも譯せる。, 〇年の事であり、上記の國王は別の太子を指すものか。, ネス・ファン・デン・ブルッフ書翰參看。, ○ブレ, ○本册一六三九年七日三十日條所引のヨハヽ」, (siin hoocht, ○若い, タ號, 國王., 束埔寨國太, 太田資宗長, 許可す, 崎より平戸, に到る, び蘭船を視, 束埔寨女王, 呂宋渡航を, 國人海賊に, ナンプラ・, ティメダ中, 資宗商館及, 子死す, 返濟あるべ, 父國王より, 察す, 其の負債は, し, 束埔築國太, 一六三九年九月, 一七〇

割注

  • ○當時在位の國王ポニヤ・ノンpona nonの死は一六四ヽ
  • ○この文節「老國王はこれを返濟す。
  • ることを仄めかした」とも譯せる。
  • 〇年の事であり、上記の國王は別の太子を指すものか。
  • ネス・ファン・デン・ブルッフ書翰參看。
  • ○ブレ
  • ○本册一六三九年七日三十日條所引のヨハヽ」
  • (siin hoocht
  • ○若い
  • タ號
  • 國王.
  • 束埔寨國太

頭注

  • 太田資宗長
  • 許可す
  • 崎より平戸
  • に到る
  • び蘭船を視
  • 束埔寨女王
  • 呂宋渡航を
  • 國人海賊に
  • ナンプラ・
  • ティメダ中
  • 資宗商館及
  • 子死す
  • 返濟あるべ
  • 父國王より
  • 察す
  • 其の負債は
  • 束埔築國太

  • 一六三九年九月

ノンブル

  • 一七〇

注記 (52)

  • 857,622,54,1368を辛抱強く待った他は)何も特別のことは起らなかった。
  • 646,618,58,2276殿が現われた。彼は到著に際して數發の禮砲を以って迎えられ、そして、そこで朝食をとるため
  • 1789,615,58,1078奪されたシナ・ジャンク船の殺害者等は一
  • 1484,620,56,2279に出された要望書に基づき、バタフィアに送致され、そしてオランダ人達の手に陷ることを彼
  • 541,625,56,2276平戸の或る商人の家に赴いた。この時、プレシデント閣下の要望に對して、食事が濟んだら商館
  • 750,670,57,2221同月十日南の風、天氣は前記に同じ、朝八時頃、當地平戸の灣に、上記の閣僚、使節備中
  • 334,625,56,1026ダ號を視察して大變滿足であった。この船
  • 438,627,56,2259と船を見に來ることを約束した。これは、正午にそのように行われ、そして商館と優秀船ブレ
  • 959,671,56,2219同月八及び九日快晴、〓ね北東寄りの風が強く吹く。(閣僚備中殿が長崎から到著するの
  • 1582,618,57,2274と、彼等は直ぐさま、二隻のプラウ船で下の方へ向かった。それは、總督閣下から〔國王〕陛下
  • 1378,616,57,2251等は懼れたからである。それ故、彼等は逃げることが彼等にとって最上と判斷したのである。
  • 334,1793,53,1107に乘り、再び潮流に乘って走ったのち、帆走す
  • 1687,616,56,2279ラ・ティメダから、一隻のジャンク船でマニラへ出發することを許可する證明書を得た。する
  • 1275,2575,54,320漸く船の出帆
  • 1064,616,59,1248されていた。これは老國王にその返濟を承知させた
  • 1169,603,55,1048する日に火葬に附された。しかも、殿下
  • 1257,578,86,863〓十四日には、若い國王が死去しい
  • 1168,1761,56,1132には會社に對して約千七百テールの負債が殘
  • 1795,2567,47,319老女王ナンプ
  • 1738,616,40,305nampra thimeda)
  • 1300,1445,45,1096○當時在位の國王ポニヤ・ノンpona nonの死は一六四ヽ
  • 1092,1873,44,703○この文節「老國王はこれを返濟す。
  • 1049,1870,42,659ることを仄めかした」とも譯せる。
  • 1256,1447,45,1037〇年の事であり、上記の國王は別の太子を指すものか。
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  • 1815,1702,47,882○本册一六三九年七日三十日條所引のヨハヽ」
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  • 1097,352,40,203返濟あるべ
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  • 1287,350,43,214束埔築國太
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