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を拂うよう忠告した。, ても、その他凡ゆることについても、我々の訓令書に述べられたように、良く秩序を守り注意, と盡力に感謝するためで、今これを、貴下達それぞれに對するこのスホイト銀百枚の下賜を以, 同月三日閣僚内匠殿は使者を送り、我々に次のことを知らせた。すなわち、皇帝陛下が昨, 宛てた返書を持たせて歸らせた。その中で彼等に我々の立場と情勢を傳え、大砲鑄造所につい, のことである。, て行い、他に命令する事はないので、貴下達に暇を與える。貴下達は長いこと待ったので、急, に、炸裂彈の製法を習臼得することができるつもりでいたが、皇帝陛下が歸るまで城に留まっ, て、日々の業務をとり行うよう命ぜられたので、事態は彼の意圖とは逆になってしまった、と, 同月二日陛下が今朝、日光(江戸から東方へ四日の行程にある)に向けて出發したと聞い, た。同地の恒例の場所及び寺院で、彼の父の墓所の祭りを行い、捧物をするためである。, いで國に歸るように、と。, 告げられた。すなわち、陛下が貴下達を呼んだのは、有馬, 今日我々は平戸からの使者に、上級商務員エルセラック氏及び大砲鑄造所の下級商務員達に, の考えでは、以前、皇帝が日光に行き、その留守の間, 日日光へ向かったこと、また、彼, 日日光へ向かったこと、また、彼内匠の考えでは、以前、皇帝が日光に行き、その留守の間, の戰爭における貴下達の骨折り, の記事あり。なお、末次茂房は別に廩米二百俵を下賜された。, ○大猷院殿御實紀、寛永十七年四月十二日條に末次平藏等被褒賜, 殿。, ○内匠, カロン平戸, に在るエル, 參の爲め發, 駕す, セラック等, 光の日光社, 牧野信成家, 留守居を命, 家光日光社, に返書を送, ぜらる, 參中江戸城, る, 〔uwer moeijten ende diligentie tot den arimasen oorloch), 一六四〇年六月, 五一, 一六四〇年六月
割注
- の記事あり。なお、末次茂房は別に廩米二百俵を下賜された。
- ○大猷院殿御實紀、寛永十七年四月十二日條に末次平藏等被褒賜
- 殿。
- ○内匠
頭注
- カロン平戸
- に在るエル
- 參の爲め發
- 駕す
- セラック等
- 光の日光社
- 牧野信成家
- 留守居を命
- 家光日光社
- に返書を送
- ぜらる
- 參中江戸城
- る
柱
- 〔uwer moeijten ende diligentie tot den arimasen oorloch)
- 一六四〇年六月
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- 五一
- 一六四〇年六月
注記 (39)
- 856,538,53,504を拂うよう忠告した。
- 959,543,55,2281ても、その他凡ゆることについても、我々の訓令書に述べられたように、良く秩序を守り注意
- 1687,536,57,2287と盡力に感謝するためで、今これを、貴下達それぞれに對するこのスホイト銀百枚の下賜を以
- 750,580,56,2245同月三日閣僚内匠殿は使者を送り、我々に次のことを知らせた。すなわち、皇帝陛下が昨
- 1062,532,56,2282宛てた返書を持たせて歸らせた。その中で彼等に我々の立場と情勢を傳え、大砲鑄造所につい
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- 438,544,56,2277て、日々の業務をとり行うよう命ぜられたので、事態は彼の意圖とは逆になってしまった、と
- 1374,581,56,2237同月二日陛下が今朝、日光(江戸から東方へ四日の行程にある)に向けて出發したと聞い
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