『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 12 訳4下1640年01月-1641年01月 p.82

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ほど前に)大學殿から、考えておくように言われたことである。, 彈のうち一個は〓れたが、他の小さなものと信管は總て、望み通りにできた。さらに、正午, 了していて、勘定も濟んでいたならば、切腹するように判決が下されたであろう。夕方近く、, 彈を鑄造した。, 同月二日かなり強い東寄りの風、天氣は前日に同じ。朝早く、再び鑄溶かす作業を始め、, 個の榴彈、及びこれに使う信管二十本を鑄造し、これらは總てうまく出來上がった。今日、(臼, 再び坩堝に火をつけ、小十二個の、またその後二、三時間のうちに再度、大三個と小三個の榴, 同月一日天氣と風は前に同じ。夕方日が沈むと、坩堝に火をつけ、この晩は大三個と小二, 砲に附屬する)砲架の車に銅をかぶせることが決められた。これはエルセラック氏が(二十日, ことは何もなかった。, 一六四〇年六月, 子ともども平戸の領地から追放された、という知らせを商館で受取った。もしも大工仕事が完, 〓大二個と小四個〔の榴彈〕、それにこのための二十本の信管も鑄造され、この大きな二個の榴, 頃、大工のブゼン殿, 、(勞務者と大工のために)米を他國から買ったという理由で、妻, が、(, ○寛永十七年四月十二日に始, まり同年五月十一日に及ぶ, 殿カ, ○豐前, より飯米を, 豐前某他領, 購入せる咎, 松浦家大工一, により追放, せらる, す, 榴彈を鑄造, 一六四〇年七月〔一六四〇年六月〕, 八一

割注

  • ○寛永十七年四月十二日に始
  • まり同年五月十一日に及ぶ
  • 殿カ
  • ○豐前

頭注

  • より飯米を
  • 豐前某他領
  • 購入せる咎
  • 松浦家大工一
  • により追放
  • せらる
  • 榴彈を鑄造

  • 一六四〇年七月〔一六四〇年六月〕

ノンブル

  • 八一

注記 (30)

  • 1130,569,56,1532ほど前に)大學殿から、考えておくように言われたことである。
  • 815,564,57,2281彈のうち一個は〓れたが、他の小さなものと信管は總て、望み通りにできた。さらに、正午
  • 504,565,56,2248了していて、勘定も濟んでいたならば、切腹するように判決が下されたであろう。夕方近く、
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