『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 12 訳4下1640年01月-1641年01月 p.95

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の場所)に運んだ。, ず大一門、尋いで小六門が上に運ばれ、その後、或いは少し休んでから、砲架に据えられた。, うに附屬品を完全に筵で包んだのち)、木の車で、(道がでこぼこなため)大變骨を折って、ま, 日本人がなすべき仕事を終えると、前記の臼砲は、そこにいたオランダ人達により(前のよ, (平戸の市民、奴隷、そして農夫達)の力で、適當な場所、(すなわち、鑄造所の近邊で最良, して、丁度良い時に來た)、六門の小さな臼砲と四分儀とねじを砲架から取り外し、その彈藥, ゴイ達とともに、小さな榴彈一發が發射されるのを見たところ、これは(彼等三人の貴族と, 撃が始まる頃には、平戸のボンゴイ達はもはや見當らず、執政官大學殿がそこに來ていて、彼, も一緒に(臼砲は除き)殆ど垣根の外まで運ぶので忙しかった。そして筵ですっかり包み、人々, はすぐに、射撃を止めるよう命じ、皆で撃たれた的に向かった。どれ程近くまで達し、これ, 等は、なお一、二の臼砲〔の射撃〕を要求した。そして、少し經ってから、前記の長崎のボン, 試射この作業の間、長崎と平戸のボンゴイ達は大部分が居合わせていたが、總てが殆ど終わり、射, がどう働いたか、はっきり見るためである。この標的は、凡そ三百間離れたところにあり、, 好な我々オランダ人全員が非常に驚いたことに)、普通以上の効力を發揮した。そこでこの殿達〓, まず(把手の精巧さ故)うまく行った。その間、ロッホ號の乘組員は(彼等は、これに關連, 貴族, 達。, (haer edhen), 成績良好な, 臼砲の試射, り, 一六四〇年七月〔一六四〇年七月〕, 九四

割注

  • 貴族
  • 達。
  • (haer edhen)

頭注

  • 成績良好な
  • 臼砲の試射

  • 一六四〇年七月〔一六四〇年七月〕

ノンブル

  • 九四

注記 (23)

  • 1350,582,53,444の場所)に運んだ。
  • 1035,572,57,2249ず大一門、尋いで小六門が上に運ばれ、その後、或いは少し休んでから、砲架に据えられた。
  • 1140,577,57,2271うに附屬品を完全に筵で包んだのち)、木の車で、(道がでこぼこなため)大變骨を折って、ま
  • 1244,635,57,2211日本人がなすべき仕事を終えると、前記の臼砲は、そこにいたオランダ人達により(前のよ
  • 1453,583,57,2272(平戸の市民、奴隷、そして農夫達)の力で、適當な場所、(すなわち、鑄造所の近邊で最良
  • 1661,578,56,2267して、丁度良い時に來た)、六門の小さな臼砲と四分儀とねじを砲架から取り外し、その彈藥
  • 617,580,57,2272ゴイ達とともに、小さな榴彈一發が發射されるのを見たところ、これは(彼等三人の貴族と
  • 827,579,56,2277撃が始まる頃には、平戸のボンゴイ達はもはや見當らず、執政官大學殿がそこに來ていて、彼
  • 1559,572,55,2276も一緒に(臼砲は除き)殆ど垣根の外まで運ぶので忙しかった。そして筵ですっかり包み、人々
  • 410,658,57,2184はすぐに、射撃を止めるよう命じ、皆で撃たれた的に向かった。どれ程近くまで達し、これ
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  • 931,451,56,2397試射この作業の間、長崎と平戸のボンゴイ達は大部分が居合わせていたが、總てが殆ど終わり、射
  • 307,570,56,2204がどう働いたか、はっきり見るためである。この標的は、凡そ三百間離れたところにあり、
  • 509,435,64,2363好な我々オランダ人全員が非常に驚いたことに)、普通以上の効力を發揮した。そこでこの殿達〓
  • 1765,594,56,2263まず(把手の精巧さ故)うまく行った。その間、ロッホ號の乘組員は(彼等は、これに關連
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