『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 12 訳4下1640年01月-1641年01月 p.145

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

して我々は、この件について調べてみよう、と答えた。更に彼は次のようなことを語った。, かった。しかし、これが濟むと、もう一人の執政官三郎左衞門殿に喚ばれ、そして次のように, 同月二十八日北の方角からの風、雨天。今晩、上級商務員マクシミリアン・ル・メール氏とと, 一六四〇年十月, そして同地から薩摩に著いたが、彼等の言葉が誰にも理解出來ないからである、と。これに對, の言葉を解する者が居るかどうか。というのは、黒人が三人乘った小さな舟が、まず琉球に、, 同月二十九日夕方、瀬戸まで來たが、逆風と潮流のため、同所に投錨せねばならなかっ, 同月一日我々から願い出て、(前回同樣、大羅紗三反よりなる)贈物を携えて、我々は上, 同月三十日午後、長崎に到著した。そして、, の前に出頭した。彼は、我々にただ感謝の辭を述べたほかは殆ど話をしな, を、(慣例に從って)立派な贈物を携えて、歡迎し敬意を表するためである。, 記の執政官, 尋ねられた。すなわち、我々, もに再び長崎へ向けて出發した。新たに同地に到著した(ツゲノ・フェイエモンと名乘る)知事, た。, 〓の船員達の中で、誰かマニラ、或いはこれに隣接する土地, すた。, ○寛永十七年八月十六日に始, まり同年九月十七日に及ぶ, ○長崎奉行柘植, ○長崎奉行, 柘植正時, 平右衞門正時, ダ人。, ○オラン, カロン等柘, 植正時に表〓, 逆風の爲め, 其理由, の有無を訊, 呂宋土語を, 解する蘭人, 人薩摩に護, 送せらるる, ロンを招き, ひ新任奉行, メールを伴, カロンル・, 馬場利重カ, も言語通ぜ, 柘植正時〓, 琉球漂著聖, 敬の爲め長, 崎に赴く, す, 逆風の爲め, 瀬戸に碇泊, 敬す, 植正時に表〓, す, 一六四〇年十月, 一四四

割注

  • ○寛永十七年八月十六日に始
  • まり同年九月十七日に及ぶ
  • ○長崎奉行柘植
  • ○長崎奉行
  • 柘植正時
  • 平右衞門正時
  • ダ人。
  • ○オラン
  • カロン等柘
  • 植正時に表〓
  • 逆風の爲め

頭注

  • 其理由
  • の有無を訊
  • 呂宋土語を
  • 解する蘭人
  • 人薩摩に護
  • 送せらるる
  • ロンを招き
  • ひ新任奉行
  • メールを伴
  • カロンル・
  • 馬場利重カ
  • も言語通ぜ
  • 柘植正時〓
  • 琉球漂著聖
  • 敬の爲め長
  • 崎に赴く
  • 逆風の爲め
  • 瀬戸に碇泊
  • 敬す
  • 植正時に表〓

  • 一六四〇年十月

ノンブル

  • 一四四

注記 (52)

  • 298,573,59,2244して我々は、この件について調べてみよう、と答えた。更に彼は次のようなことを語った。
  • 716,573,57,2269かった。しかし、これが濟むと、もう一人の執政官三郎左衞門殿に喚ばれ、そして次のように
  • 1757,623,60,2223同月二十八日北の方角からの風、雨天。今晩、上級商務員マクシミリアン・ル・メール氏とと
  • 1071,663,68,429一六四〇年十月
  • 404,575,57,2284そして同地から薩摩に著いたが、彼等の言葉が誰にも理解出來ないからである、と。これに對
  • 508,579,58,2244の言葉を解する者が居るかどうか。というのは、黒人が三人乘った小さな舟が、まず琉球に、
  • 1446,610,60,2230同月二十九日夕方、瀬戸まで來たが、逆風と潮流のため、同所に投錨せねばならなかっ
  • 919,569,63,2279同月一日我々から願い出て、(前回同樣、大羅紗三反よりなる)贈物を携えて、我々は上
  • 1236,617,56,1110同月三十日午後、長崎に到著した。そして、
  • 820,1064,57,1784の前に出頭した。彼は、我々にただ感謝の辭を述べたほかは殆ど話をしな
  • 1552,887,58,1820を、(慣例に從って)立派な贈物を携えて、歡迎し敬意を表するためである。
  • 815,568,55,268記の執政官
  • 610,573,59,686尋ねられた。すなわち、我々
  • 1655,574,64,2268もに再び長崎へ向けて出發した。新たに同地に到著した(ツゲノ・フェイエモンと名乘る)知事
  • 1344,571,48,65た。
  • 613,1425,55,1419〓の船員達の中で、誰かマニラ、或いはこれに隣接する土地
  • 1346,304,51,330すた。
  • 1105,1098,44,558○寛永十七年八月十六日に始
  • 1062,1093,42,522まり同年九月十七日に及ぶ
  • 1577,564,44,303○長崎奉行柘植
  • 846,842,42,211○長崎奉行
  • 801,840,40,172柘植正時
  • 1531,566,43,262平右衞門正時
  • 596,1271,41,93ダ人。
  • 641,1269,39,157○オラン
  • 934,305,42,223カロン等柘
  • 889,303,41,250植正時に表〓
  • 1454,302,42,212逆風の爲め
  • 463,306,41,126其理由
  • 550,307,38,211の有無を訊
  • 636,304,39,216呂宋土語を
  • 594,305,37,214解する蘭人
  • 373,310,40,213人薩摩に護
  • 331,307,38,214送せらるる
  • 683,313,39,208ロンを招き
  • 1680,305,42,208ひ新任奉行
  • 1724,309,40,206メールを伴
  • 1768,304,40,194カロンル・
  • 724,303,42,214馬場利重カ
  • 287,308,41,210も言語通ぜ
  • 1633,300,42,211柘植正時〓
  • 417,307,42,214琉球漂著聖
  • 1591,301,41,214敬の爲め長
  • 1547,300,39,167崎に赴く
  • 506,305,33,40
  • 1454,302,42,212逆風の爲め
  • 1411,300,40,217瀬戸に碇泊
  • 842,305,38,84敬す
  • 889,303,41,247植正時に表〓
  • 1367,301,33,41
  • ... +2 more

類似アイテム