『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 14 訳5 1641年02月-1641年09月 p.33

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我々は平戸の領主の友人たち全員の使者たちやその他の知己により、日本の習慣に從い歡迎の, 艘かの小舟に乘ったがその舟がその後、火事で追い立てられた人々で滿員になったため、多く, の舟が川底に沈んだ。こうして人々は、火によってよりも水によって一〓多くの人々が災厄を蒙, に對して謝意を表わした上で、我々は別れて、略ぼ五時ごろに我々の宿舍に來著した。, 同月十二日我々は、家事萬般竝びにその他の用務に就き命令を下すのに忙しかった。また, 燒き拂った。同時に多くの人々が燒き殺され、しかも、若干の人々は、自□の財産を救うため幾, に、〔退避のことは〕皇帝により實行されずに終った、と。このあと閣下に快いもてなし、等々, 〓たが、總數の見積りは三〇○人になることは確かだと確認している。また風が御城の方へ向, 場所へ向けて出發するため既に馬で支度をしていたが、しかし遂には、人々を失望させないため, 他五○軒の大官たちの住居とから成る約一〇○の街區, 要に從って答えさせた。新情報として閣下は我々に、當地江戸で約一か月前に起った恐るべき, 〓〓は非常に多くの煙に卷かれ、その結果皇帝陛下は、江戸から安全な, 挨拶を受け、且つ賄い用の雜貨を贈られた。夕刻近く執政官ソイェモン殿が我々を訪ねて來て, 火事に就いてこう語った。すなわち、その火事は、二晩と〔中の〕丸一日續き, かって來たため、そこ, を, 内武家は百廿一軒、同心の宅五十六」とする, ○實紀は「九十七町、屋舍千九百廿四戸、その, 夜戌刻に及んでやうやく消留」とある。, は、正月晦日の條に, ○大猷院殿御實紀に, (ongevaer100straten, maeckende ruijm3000huijsen,112lantsheeren ende 50andere, ○御, に物を贈る, りて商館長, して已む, 退避せんと, 等宿舍に來, 南〓右衞門, 年寄衆への, 松浦家使者, 災の詳細, 江戸正月火, 家光城外に, 一六四一年四月江戸にて, 三二

割注

  • 内武家は百廿一軒、同心の宅五十六」とする
  • ○實紀は「九十七町、屋舍千九百廿四戸、その
  • 夜戌刻に及んでやうやく消留」とある。
  • は、正月晦日の條に
  • ○大猷院殿御實紀に
  • (ongevaer100straten, maeckende ruijm3000huijsen,112lantsheeren ende 50andere
  • ○御

頭注

  • に物を贈る
  • りて商館長
  • して已む
  • 退避せんと
  • 等宿舍に來
  • 南〓右衞門
  • 年寄衆への
  • 松浦家使者
  • 災の詳細
  • 江戸正月火
  • 家光城外に

  • 一六四一年四月江戸にて

ノンブル

  • 三二

注記 (36)

  • 391,629,58,2275我々は平戸の領主の友人たち全員の使者たちやその他の知己により、日本の習慣に從い歡迎の
  • 1225,631,56,2286艘かの小舟に乘ったがその舟がその後、火事で追い立てられた人々で滿員になったため、多く
  • 1121,634,58,2285の舟が川底に沈んだ。こうして人々は、火によってよりも水によって一〓多くの人々が災厄を蒙
  • 601,642,55,2066に對して謝意を表わした上で、我々は別れて、略ぼ五時ごろに我々の宿舍に來著した。
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  • 1329,631,59,2289燒き拂った。同時に多くの人々が燒き殺され、しかも、若干の人々は、自□の財産を救うため幾
  • 705,640,57,2268に、〔退避のことは〕皇帝により實行されずに終った、と。このあと閣下に快いもてなし、等々
  • 1017,654,56,2264〓たが、總數の見積りは三〇○人になることは確かだと確認している。また風が御城の方へ向
  • 809,636,57,2275場所へ向けて出發するため既に馬で支度をしていたが、しかし遂には、人々を失望させないため
  • 1431,636,59,1308他五○軒の大官たちの住居とから成る約一〇○の街區
  • 1739,640,61,2273要に從って答えさせた。新情報として閣下は我々に、當地江戸で約一か月前に起った恐るべき
  • 913,1203,58,1717〓〓は非常に多くの煙に卷かれ、その結果皇帝陛下は、江戸から安全な
  • 287,630,59,2275挨拶を受け、且つ賄い用の雜貨を贈られた。夕刻近く執政官ソイェモン殿が我々を訪ねて來て
  • 1641,634,56,1889火事に就いてこう語った。すなわち、その火事は、二晩と〔中の〕丸一日續き
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