『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 14 訳5 1641年02月-1641年09月 p.55

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〔皇帝の〕御意に叶ったものとするに違いない、と。, の人物たちを正しく見分けてそれと指摘できるならば、〔そのことは〕オランダ人たちを大變, らである、と。彼等はさらにこう述べた。すなわち、, 沿岸附近に於いて彼等のカトリック宣教師の一類を當地に上陸させる目的を有すると思われる, これを同地へ移すこととが實行されねばならない、と告げさせたが、それは、皇帝陛下が、い, 若干のポルトガルもしくはカスティリアのガリオット船に遭遇した場合は、〔貴下の船舶は〕, 下に對する大きな御奉公が生まれ、しかもとりわけ、もし彼等が宣教師たちやその他の宗教上, この點に就いては、上記のことを暫く通詞たちと、できるだけ最善の結果となるよう熟考し, 敢て敵對してそれらを攻撃し、捕獲し、そして日本へ連行することを許され、そこには皇帝陛, えられた渡航許可證, ての業務の件に就き、先年以來の自由を享受し續けることを許されている。しかし、彼等は、, 長以外には彼の國土〔に住むこと〕を許さない積りでおられるか, を有するので、この地で貿易を營み、且つ彼等の商業及びその他の總べ, 今後彼等の船舶を長崎に寄港させることと、同時に、彼等の全財産を平戸から引揚げ、そして, もし貴下の船舶がで力ウフ…、はた阿媽とで二ラ〓g蛛のから當地に至る航路上もしくは嘗地, に今もオランダ國立中央文書館にある。前者の提示に就いてはカロン日記一六四〇年五月十, 一月八日の條を參照せよ, ○慶長十四年七月十四日附徳川家康朱印状と元和三年十月十六日附徳川秀忠朱印状が、とも, 八日及び本册一六四一年一, 崎。, とマニラ, (haere schepern voortaen in nangasaeque te doen havenen)(met)(hunnen gantschen ornmeslach uijt firando opbreecken ende, らば之を捕, 將軍家への, 葡西船舶あ, 航を企つる, 宣教師の密, を許すも商, 館を平戸よ, 獲連行すべ, り長崎に移, 奉公, すべし, ル・メール, 六四一年五月江戸にて, 五四

割注

  • に今もオランダ國立中央文書館にある。前者の提示に就いてはカロン日記一六四〇年五月十
  • 一月八日の條を參照せよ
  • ○慶長十四年七月十四日附徳川家康朱印状と元和三年十月十六日附徳川秀忠朱印状が、とも
  • 八日及び本册一六四一年一
  • 崎。
  • とマニラ
  • (haere schepern voortaen in nangasaeque te doen havenen)(met)(hunnen gantschen ornmeslach uijt firando opbreecken ende

頭注

  • らば之を捕
  • 將軍家への
  • 葡西船舶あ
  • 航を企つる
  • 宣教師の密
  • を許すも商
  • 館を平戸よ
  • 獲連行すべ
  • り長崎に移
  • 奉公
  • すべし
  • ル・メール

  • 六四一年五月江戸にて

ノンブル

  • 五四

注記 (36)

  • 398,617,55,1234〔皇帝の〕御意に叶ったものとするに違いない、と。
  • 503,618,55,2284の人物たちを正しく見分けてそれと指摘できるならば、〔そのことは〕オランダ人たちを大變
  • 1129,617,53,1265らである、と。彼等はさらにこう述べた。すなわち、
  • 918,611,59,2282沿岸附近に於いて彼等のカトリック宣教師の一類を當地に上陸させる目的を有すると思われる
  • 1335,620,56,2267これを同地へ移すこととが實行されねばならない、と告げさせたが、それは、皇帝陛下が、い
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  • 608,617,55,2282下に對する大きな御奉公が生まれ、しかもとりわけ、もし彼等が宣教師たちやその他の宗教上
  • 292,658,57,2229この點に就いては、上記のことを暫く通詞たちと、できるだけ最善の結果となるよう熟考し
  • 712,590,56,2309敢て敵對してそれらを攻撃し、捕獲し、そして日本へ連行することを許され、そこには皇帝陛
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