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ら歸って來た。, 員補の手で完全に書き取らせたが、商館及び城下に在るものに就いてもまた、できるだけ速か, に關して何の越度も生じないのを願う目的からである。, ったことに就き、會社の幸運を祈念する言葉を述べた。そこまでにして我々は立去ってそこか, 勞苦に對して我々に謝意を表わし、同時に、會社の取引が今後は同地で營まれねばならなくな, に同じように行う積りである。これは(當地からの移轉が命ぜられた際)我々の側にこのこと, 同月三十日我々はクーチ, に關して前に述べてある件を執政官デイジェン殿に知らせ、同人はこの件で心から喜, 〓〓こすなわち取次人の面前で行われ、彼が(彼の主人に代って)彼(, 病氣であったため、我々は閣下の面前では〓見を賜わることができず、そのことは彼のオテナ, んでいるように彼, には見え、そして我々にその實行に當り多くの幸運あれと祈念した。, アウ殿, に歸同月二十九日朝、無事に到著した。前記の通詞, 同月末日夕刻近く五艘の大型のフェイフェネと數艘の小型の漕ぎ舟で、オファマ・ヤイジ, 〓我々の宿舍で晝食を攝ったのち、我々は乘船して平戸への歸りを急いだが、同地へは, を通じて我々は知事とフェゾン殿, 」名乘る代表委員として派遣され, を訪ねて來るのに拂った, に行って、會社所屬のもの總べてを下級商務員一人と商務, (sijn ottena, 一六四一年六月〔一六四一年五月平戸にて〕, 及びイツカウワ・ファチゼイモン殿, ○通, イモン(, ○ファチゼ, ○石川八左, ○フェゾ殿, ○河内, 衞門政次, 郎安隆い, ○乙, に同じ。, ○小濱禰十, 浦, エルセラッ, ○主, 名。, 長崎を發す, ク平戸に歸, 重忠と共に, 詞, 八左衞門を, に行って、會社所屬のもの總べてを下級商務員一人と商務, 及びイツカウワ・ファチゼイモン殿, して長崎の, (itskauwa fatchieseijimondo), (coetchie), (de logie ende fortatie), 小濱安隆及, 西國巡檢の, び石川政次, 訪問す, 幕府船手頭, 接せしむ, 茂房病み用, 産を調査す, 人をして確, 之に報ぜし, 河内浦の資, 末次茂房を, 事を熊澤正, む, して長崎の, 八左衞門を, 重忠と共に, 一六四一年六月〔一六四一年五月平戸にて〕, 九七
割注
- ○通
- イモン(
- ○ファチゼ
- ○石川八左
- ○フェゾ殿
- ○河内
- 衞門政次
- 郎安隆い
- ○乙
- に同じ。
- ○小濱禰十
- 浦
- エルセラッ
- ○主
- 名。
- 長崎を發す
- ク平戸に歸
- 重忠と共に
- 詞
- 八左衞門を
- に行って、會社所屬のもの總べてを下級商務員一人と商務
- 及びイツカウワ・ファチゼイモン殿
- して長崎の
- (itskauwa fatchieseijimondo)
- (coetchie)
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頭注
- 小濱安隆及
- 西國巡檢の
- び石川政次
- 訪問す
- 幕府船手頭
- 接せしむ
- 茂房病み用
- 産を調査す
- 人をして確
- 之に報ぜし
- 河内浦の資
- 末次茂房を
- 事を熊澤正
- む
- して長崎の
- 八左衞門を
- 重忠と共に
柱
- 一六四一年六月〔一六四一年五月平戸にて〕
ノンブル
- 九七
注記 (68)
- 1357,626,52,336ら歸って來た。
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- 1458,631,57,2276ったことに就き、會社の幸運を祈念する言葉を述べた。そこまでにして我々は立去ってそこか
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