『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 16 訳6 1641年11月-1642年閏9月 p.14

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らず賣却することを強制する命令を一度たりと受けたことはない。むしろ、皇帝の命令は正反, 自由に持歸ることが許されていたのである。即ち、前記の命令は、如何なる貨物も(船舶の出, 對であって、多年に亘ってそうであったように、貴下たちの商品が滿足に賣捌けない場合には, 帆後に)賣殘してはならないと規定しているからであること。平戸に建てられた住居と倉庫が, ダ人に對して、その貨物を再び日本から持出すことを禁止したり、或いは、それらを損得に拘, 陛下の命令に依って破却されたことに總督閣下が驚かれたことは尤なことである。このよう, 皇帝の渡航許可證を〕彼等の最高政府のもとで大切に保存していたことが明らかに證明され、, たことは、良い事であり、理由ある事であった。亦たこの事に依って、オランダ人たちが〔先, して亦た同カピテンが出國の爲め我々に暇を乞い、それを許可された際に、我々も詳しく語っ, 達したことがなかったのであり、その結果、上述の住居等の破却が行われたのである。その理, が臨檢して彼等がこれを陛下に報告した時迄は、嘗て皇帝の御耳に, たところである。平戸の建物と造作に就いては、これが完全に出來して、〔陛下の〕代表委員, 田は、日本の如何なる王侯といえども斯樣な作事を行なったり、斯くも異樣な建物を造ること, 〓それは彼等にとって良い結果を齎すに違いないこと。平戸の領主も彼の執政官たちも、オラン, たち, な事が起こった理由は、使節筑後殿が江戸に出發される折にカピテン・ルメールに對して、そ, ○寛永十六、十七兩年に西, 國に下向せる上使を指す(, 幕府は殘品, 平戸商館破, 却の理由, 許さず, に留置くを, も之を日本, 殘品の持歸, は可なれど, 平戸商館の, 結構は諸侯, なし, 制せしこと, 説明す, の賣拂を強, の邸宅城館, 府の意嚮を, 幕府は殘品, 一六四一年十一月長崎にて, 一一二

割注

  • ○寛永十六、十七兩年に西
  • 國に下向せる上使を指す(
  • 幕府は殘品

頭注

  • 平戸商館破
  • 却の理由
  • 許さず
  • に留置くを
  • も之を日本
  • 殘品の持歸
  • は可なれど
  • 平戸商館の
  • 結構は諸侯
  • なし
  • 制せしこと
  • 説明す
  • の賣拂を強
  • の邸宅城館
  • 府の意嚮を
  • 幕府は殘品

  • 一六四一年十一月長崎にて

ノンブル

  • 一一二

注記 (37)

  • 1375,583,57,2288らず賣却することを強制する命令を一度たりと受けたことはない。むしろ、皇帝の命令は正反
  • 1168,576,56,2293自由に持歸ることが許されていたのである。即ち、前記の命令は、如何なる貨物も(船舶の出
  • 1272,579,56,2289對であって、多年に亘ってそうであったように、貴下たちの商品が滿足に賣捌けない場合には
  • 1063,588,58,2282帆後に)賣殘してはならないと規定しているからであること。平戸に建てられた住居と倉庫が
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  • 1792,569,55,2301たことは、良い事であり、理由ある事であった。亦たこの事に依って、オランダ人たちが〔先
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  • 649,594,55,2277たところである。平戸の建物と造作に就いては、これが完全に出來して、〔陛下の〕代表委員
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