『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 16 訳6 1641年11月-1642年閏9月 p.81

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めである。彼は、〓って來ると、それを我々に示して、更に一人の有力な商人にこれを發注し, たので、これが然るべき時期に、我々の滿足のいくよう長崎に送り屆けられる筈であることは, 〓ことを聞いた。同樣に、上記のソーエモン殿とシチビオエ殿も彼等の債務の清算に當って、そ, も、此の三年間、彼等の巨大で豐富な資産により最後まで取引していたが、他の多くの豪商た, の負債一五〇〇○タエルを完濟することが出來ず、彼等の家に拘禁されている由。彼等は孰れ, を)海路、宮から桑名へ渡った。(七マイル進んだ。), の屋敷と珍奇な品々など總てが競賣に附されたが、なお三萬タエル以上の負債が殘されている, ちと同樣に、この期間に全く沒落してしまった。, 疑いないことである。また前記の四郎右衞門殿から、嘗て會社と取引のあった有力な商人の一, 人であるカナヤスケウモン殿, の家に遣わしたが、そ, 同月十五日正午頃、京に到著した。同地で我々は四郎右衞門殿, の屋敷へ遣わした。, (彼は今から二十日程以前に死去した、)は彼, れはマクシミリアン・ルメール閣下が彼等に注文した日本の衣服に關する覺書を取〓させる爲, を京の大法官, を受けた。同人をソーエモン殿, の嶋〓の町長で、オランダ人たちは其處に住むよう命令されている、)と出會い、歡迎, 一六四二年二月京にて, 同月十六日今朝、通詞の吉兵衞殿, (長崎の, 〓〓較煙る右と〓チ、パピ。オ二。殿, 和蘭商館の常客の一人。, )金屋助右衞門か、平戸, ○堺屋七兵衞か、, 示右衞門の弟一, ○通詞の名b本, ○所司代板倉, 周防守重宗一, に據り補う。, )海老屋四郎右衞門、一六四一年, 二月二十四日條を參看すべし, ○堺屋宗右, 衞門か, 門竝に七兵〓, 海老屋四郎, 堺屋宗右衞十, 宮より桑名, 死去す, 門多額の負, 債を殘して, 金屋助右衞, 約せしむ, 派し前年ル, 四郎右衞門, を堺屋宗右, メールが注, 衞門の許に, 近す, 文せし衣服, 右衞門と解, の契約を解, 京都に到る, なり, 豪商多數沒, 最近三年間, に到る, 衞も逼塞中, 宮より桑名, 海老屋四郎, 堺屋宗右衞ナ, 門竝に七兵〓, 落す, 同月, 八〇

割注

  • 和蘭商館の常客の一人。
  • )金屋助右衞門か、平戸
  • ○堺屋七兵衞か、
  • 示右衞門の弟一
  • ○通詞の名b本
  • ○所司代板倉
  • 周防守重宗一
  • に據り補う。
  • )海老屋四郎右衞門、一六四一年
  • 二月二十四日條を參看すべし
  • ○堺屋宗右
  • 衞門か
  • 門竝に七兵〓
  • 海老屋四郎
  • 堺屋宗右衞十
  • 宮より桑名

頭注

  • 死去す
  • 門多額の負
  • 債を殘して
  • 金屋助右衞
  • 約せしむ
  • 派し前年ル
  • 四郎右衞門
  • を堺屋宗右
  • メールが注
  • 衞門の許に
  • 近す
  • 文せし衣服
  • 右衞門と解
  • の契約を解
  • 京都に到る
  • なり
  • 豪商多數沒
  • 最近三年間
  • に到る
  • 衞も逼塞中
  • 宮より桑名
  • 海老屋四郎
  • 堺屋宗右衞ナ
  • 門竝に七兵〓
  • 落す

  • 同月

ノンブル

  • 八〇

注記 (65)

  • 1277,592,58,2283めである。彼は、〓って來ると、それを我々に示して、更に一人の有力な商人にこれを發注し
  • 1173,589,58,2282たので、これが然るべき時期に、我々の滿足のいくよう長崎に送り屆けられる筈であることは
  • 757,579,60,2292〓ことを聞いた。同樣に、上記のソーエモン殿とシチビオエ殿も彼等の債務の清算に當って、そ
  • 549,599,60,2273も、此の三年間、彼等の巨大で豐富な資産により最後まで取引していたが、他の多くの豪商た
  • 654,600,60,2271の負債一五〇〇○タエルを完濟することが出來ず、彼等の家に拘禁されている由。彼等は孰れ
  • 1788,595,56,1259を)海路、宮から桑名へ渡った。(七マイル進んだ。)
  • 861,597,60,2271の屋敷と珍奇な品々など總てが競賣に附されたが、なお三萬タエル以上の負債が殘されている
  • 445,595,57,1153ちと同樣に、この期間に全く沒落してしまった。
  • 1069,586,58,2269疑いないことである。また前記の四郎右衞門殿から、嘗て會社と取引のあった有力な商人の一
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