『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 16 訳6 1641年11月-1642年閏9月 p.155

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嚴しい探索は行われていなかったが、現在の皇帝は一人たりともキリスト教徒が彼の國土に存, 日本から立ち去り、出て行くがよい。彼等はキリスト教徒であるが故、斯くも嚴しい制約を受け, 在することを望んでいないからである。〔但し、〕我々, か、そうすれば、これに對して、はっきりとした、確固たる囘答が得られるであろうし、貴下, の根據にもならない。というのは、當時は日本に多數のキリスト教徒が居り、〔彼等に對して〕, 引を行なうことを望むならば、それを行なうことが出來よう。しかし、それが嫌ならば、自由に, 出たものであることは明らかである。即ち、オランダ人たちは、皇帝の禁令に從って彼等の取, 要な人たちから知り得たことと同樣であった。即ち、この書翰の文面に依って、當地長崎に於, の口から, はそれに依って今後の事務を處理すべきであろう、と。, 行われつつあり、夙に我々の認める通りである。また、次の言葉は、これが知事, いては煩累が輕減されるどころか、寧ろ我々の苦勞は募るばかりであろう、と。それは現實に, れている譯ではない。それは一般的に皇帝の渡航許可證に依って、舊慣に基づいて行われてい, 通詞たちが立ち去ると、我々は四郎右衞門殿とその場に殘って、先の日本文の來翰に就いて, の渡航許可證に依據して〔これに異を唱えて〕も、それは何, 〓更に意見を交わした。彼は、我々に自身の考えを表明したが、それは〔政廳}, るのであり、先皇帝, の〕最も主, は日本との通商の自由を禁止さ, ○長崎奉, ○馬場, 利重, ○オラン, ○徳川家康竝び, 行所, ダ人。, に秀忠を指す, 四郎右衞門〓, の件に就き、, ク總督書翰, に所感を問, 守すべし, に因る, 督教徒たる, 種々の規制, 前將軍の朱, は蘭人が基, の禁令を遵, 蘭人は將軍, 嚴ならず, 意嚮を代辯, るを得ず, 丹の存在を, 禁制は未だ, 當時切支丹, 家光は切支, 印は規制召, 除の根據た, エルセラッ, 馬場利重の, 四郎右衞門, す, 許容せず, ク總督書翰, に所感を問, の件に就き、, 一六四二年九月長崎にて, 一五四

割注

  • ○長崎奉
  • ○馬場
  • 利重
  • ○オラン
  • ○徳川家康竝び
  • 行所
  • ダ人。
  • に秀忠を指す
  • 四郎右衞門〓
  • の件に就き、
  • ク總督書翰
  • に所感を問

頭注

  • 守すべし
  • に因る
  • 督教徒たる
  • 種々の規制
  • 前將軍の朱
  • は蘭人が基
  • の禁令を遵
  • 蘭人は將軍
  • 嚴ならず
  • 意嚮を代辯
  • るを得ず
  • 丹の存在を
  • 禁制は未だ
  • 當時切支丹
  • 家光は切支
  • 印は規制召
  • 除の根據た
  • エルセラッ
  • 馬場利重の
  • 四郎右衞門
  • 許容せず
  • ク總督書翰
  • に所感を問
  • の件に就き、

  • 一六四二年九月長崎にて

ノンブル

  • 一五四

注記 (58)

  • 536,587,71,2301嚴しい探索は行われていなかったが、現在の皇帝は一人たりともキリスト教徒が彼の國土に存
  • 850,602,65,2281日本から立ち去り、出て行くがよい。彼等はキリスト教徒であるが故、斯くも嚴しい制約を受け
  • 439,598,63,1293在することを望んでいないからである。〔但し、〕我々
  • 1785,614,65,2267か、そうすれば、これに對して、はっきりとした、確固たる囘答が得られるであろうし、貴下
  • 640,605,70,2280の根據にもならない。というのは、當時は日本に多數のキリスト教徒が居り、〔彼等に對して〕
  • 955,601,66,2277引を行なうことを望むならば、それを行なうことが出來よう。しかし、それが嫌ならば、自由に
  • 1057,601,67,2287出たものであることは明らかである。即ち、オランダ人たちは、皇帝の禁令に從って彼等の取
  • 1368,600,69,2293要な人たちから知り得たことと同樣であった。即ち、この書翰の文面に依って、當地長崎に於
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  • 1162,605,68,1931行われつつあり、夙に我々の認める通りである。また、次の言葉は、これが知事
  • 1265,606,65,2280いては煩累が輕減されるどころか、寧ろ我々の苦勞は募るばかりであろう、と。それは現實に
  • 332,604,68,2269れている譯ではない。それは一般的に皇帝の渡航許可證に依って、舊慣に基づいて行われてい
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  • 1471,577,76,1872〓更に意見を交わした。彼は、我々に自身の考えを表明したが、それは〔政廳}
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